チャイニーズ・マフィア
02c8098 丹下 直子
序
日本国内における中国人による犯罪が年々増えている。警察白書によれば、刑法犯として検挙された中国人の数は1996年度が2504人だったのに対し、2000年度には3038人に増えた。来日外国人の刑法犯検挙者総数は6026人から6329人とそれほど増えていないことから考えれば、中国人による犯罪の増加傾向は明らかである。そして、2003年の来日外国人犯罪の検挙件数の約半分が中国人の犯罪となっている。このように、中国人の犯罪が増加するに従って「黒社会」という言葉が新聞などでよく見られるようになってきた。
「黒社会」とは、もともと「中国人による犯罪組織」を指す言葉である。欧米では「チャイニーズ・マフィア」と呼ばれるが、同じ意味である。中国、香港、台湾では黒社会という表現が一般的であるのに対し、欧米ではチャイニーズ・マフィアという言い方が普通である。
黒社会は今、世界中で暗躍している。その構成メンバーはすでに全世界で200万人を超えたとされており、欧米においては麻薬取引の最大グループの1つとして大いに注目を集めている。チャイニーズ・マフィアは現在、世界最大の犯罪組織と見られているのである。日本においても、密航、殺人、銀行強盗、エステ強盗、自動車盗難、ピッキングなどで中国人犯罪者の暗躍が頻繁に伝えられている。中国系黒社会は、もはや日本人と無関係の存在ではなくなったと言ってよい。もちろん黒社会の母国である中国大陸、香港、台湾でもその活動はめざましい。
黒社会の活動が注目を集めている背景の1つとして、中国世界の大発展がある。全世界に生きる中国人は、香港、台湾、華僑・華人も含めると13億人強。このうち台湾、香港の経済はすでに先進国レベルに達しているし、中国大陸の近年の経済成長率はきわめて高く、今や中国は「世界の工場」と呼ばれるまでになった。現在の経済発展が続けば、中国はフランス、イギリス、イタリアを抜いて世界第4位の経済大国に躍り出ると見られている。そうした経済的発展と表裏一体となっているのが、黒社会の活動である。金が動くところにチャイニーズ・マフィアの暗躍はあるのだ。
黒社会は、簡単に言ってしまえば中国人の暴力団だが、その背景や実態は日本の暴力団とは比較にならないくらい大きな広がりと深さを持っている。日本の暴力団はごく限られたプロの暴力組織だが、黒社会は自衛の組織という性格もあわせ持っている。というのも、黒社会は中国の伝統的な秘密結社をその源流としているためである。中国の秘密結社は独裁的な皇帝権力のなかで自分たちを守り、自分たちの主張を貫く組織として中国の歴史のなかで存在し続けてきた。このなかには宗教的秘密結社や王朝打倒に走った政治的結社もある。中国革命の父、孫文が清朝打倒運動を実行するにあたり、まず最初に頼りにしたのが秘密結社であった。
秘密結社という言葉に対して中国人が示す反応には、独特のものがある。それは謎に満ちた存在であり、ある種のあこがれにも似た存在でもある。それほど秘密結社は中国人の意識の奥底に影響を与えている。こうして秘密結社が戦後、形を変え、姿を変えて現在に至っているのが黒社会である。
第1章
世界を席巻するチャイニーズ・マフィア
1.世界最大の犯罪組織
現在、世界にはおよそ13億人強の中国系の人々がいる。内訳は中国大陸に12億6000万人、香港700万人、マカオ50万人、台湾2200万人、華僑・華人3000万人で、華僑・華人は世界約100カ国に居住している。世界人口は60億人強とされるから、世界人口の20%以上が中国系ということになる。こうした数の多さに加え、最近は中国社会の発展もあって、中国系黒社会の活動が非常に活発化している。中国系地域は現在、急速に経済成長を遂げている。香港、台湾はすでに先進国の域に達しているし、華僑・華人は普通に生活水準は高い。かつては貧しかった中国大陸も、改革開放政策の中で高度成長を続けている。中国全土で見ると、一人当たりのGDPはまだ約1700ドルだが、上海、北京などの主要都市のGDPはすでに5000ドルを突破して、中進国並みのレベルに達している。黒社会はこうした中国の発展を基礎に世界各地へ勢力範囲を広げているのである。
黒社会は単一の組織ではない。日本の暴力団のように多くのグループに分かれている。しかし、そのグループは時には連携を取り合い、国を越えて行動している。その中心にあるのは中国人としての血である。これを中国人自身は「炎黄の子孫」という。炎帝、黄帝の子孫である限り、中国人としての意識は存在する。また、海外に出た中国人は二世、三世になっても中国人としての意識を容易には捨てない。そういった意味でもチャイニーズ・マフィアは今や世界最大の犯罪グループなのである。
では、世界を席巻するチャイニーズ・マフィアの総数はいったいどれくらいなのであろうか。その数は少なく見積もっても150万から200万人はいると思われる。内訳は中国大陸に100万から150万人、香港に20万人、台湾に10万人、その他20万人である。日本の暴力団は構成員と準構成員を合わせて8万3600人(2001年警察白書)であるから、日本の暴力団のおよそ20倍の勢力を誇っていることになる。それだけでなく、チャイニーズ・マフィアは日本の暴力団よりははるかに国際的である。日本の暴力団員はごく一部を除けば外国語ができないが、香港の黒社会のメンバーの多くは英語が堪能である。また、中国系住民は世界各地にいるから、活動拠点は世界中に広がっている。
2.チャイニーズ・マフィアの歴史と今
チャイニーズ・マフィアの歴史は、17世紀の清王朝にさかのぼる。漢民族の明王朝は、南京を根拠地に洪武帝が1368年に建国したが、1636年満州族の清に破れ、清王朝が成立し、1644年に首都は北京に移された。この時、異民族支配に反感を抱いた漢民族である明の敗残兵と、貧民街の労働者が集まってできた、幇会と呼ばれる秘密結社が出来た。幇会で代表的なものには、洪門会(ほんめんかい)で、現在華僑の中核をなすグループである。また、上海を活動拠点とする青幇会(ちんばんかい)も有名なところだ。
現在のチャイニーズ・マフィアは、上海を拠点とする「上海幇」、香港を本拠地とする「14K」「和勝和」「新義安」「和字頭」、台湾を本拠地とする「洪門天地会」「三合会」「青紅幇」「竹連幇」などがある。上海を例に取ると、すりを中心とする「新疆グループ」、詐欺を中心とする「貴陽グループ」や「安徽グループ」、窃盗を中心とする「蘇北グループ」、強盗を中心とする「東北グループ」、車や船の盗みを中心とする「温州グループ」などがあるといわれている。
3.チャイニーズ・マフィアの犯罪
黒社会が行う犯罪はさまざまである。犯罪組織であるから基本的に金になることであればどんなことにでも手を出す。ただ、そこには特徴がある。黒社会の資金源はもともと黄(売春)、毒(麻薬)、賭(賭博)と言われてきた。これに最近は蛇(密航)、槍(銃の密売)、陀(ショバ代の取り立て)、殺(殺人の請け負い)、拐(誘拐)などが加わっている。中国大陸ではこれ以外に、盗掘、美術品の売買、列車強盗、人身売買などが加わる。
特に最近は密航ビジネスに手を出す組織が多くなってきた。これは簡単に巨額のマネーが手に入る上に、見つかっても重罰には処せられないという事情による。現在、一人の人間の密航に成功すると120万円程度が黒社会組織に入ると見られている。つまり100人送り出せば1億円以上の稼ぎになるわけである。しかも密航希望者は中国大陸にいくらでもいる。これほど手軽で手堅い商売はない。「チャイニーズ・マフィアの場合、密航と麻薬取引で得られる収入はほぼ互角」なのである。
第2章
黒社会ビジネス
1.麻薬
麻薬は伝統的に黒社会の重要な資金源であったし、現在もそうである。かつてのアヘン戦争を見ればわかるように、中国社会は長く麻薬に汚染されていたと言える。「1949年に中華人民共和国が成立して以後、中国では麻薬患者は撲滅されたとされてきた。しかし、80年代以後、国際麻薬組織の暗躍によって東南アジアのゴールデン・トライアングルから麻薬が流入し始め、特に汚染が顕著な華南、西部を中心に全国で麻薬犯罪が報告されている。」
現在は麻薬の中でも特にアヘンの蔓延がひどく、第三次アヘン戦争という言葉があるほどだ。アヘンの生産拠点であるゴールデン・トライアングルはミャンマーとタイにまたがる地帯で、面積約6万7000平方メートル。最近はこれに雲南を含めて「黄金の四角地帯」になっているという見方もある。近年は特にミャンマーからの中国・雲南に抜けるルートが活発になっており、これが莫大な資金を稼ぐビジネスとなっている。
中国は2000年6月、中国禁毒白皮書という名前の麻薬白書を出した。それによると、99年現在、中国の取り締まり機関に登録された麻薬中毒者は68万1000人で、91年の14万8000人から4.6倍にも増えた。
中国では現在、50グラム以上のヘロイン所持者は15年以上の懲役、1キロ以上の所持は死刑となっている。また1キロ以上のアヘンの所持者は15年以上の懲役が科せられると定められている。しかし、中国では警察の腐敗もひどく、法律に基づく取り締まりは十分機能しているとは言えない。こうした麻薬取引の背後で暗躍しているのが、香港の黒社会である。香港の黒社会組織はゴールデン・トライアングルで製造されるヘロインの80パーセントを扱っていると言われる。 なかでも、特に麻薬取引にたけているとされるのが、「潮幇(満州系の組織)」である。また、94年に米国上院に出された報告書によると、台湾の黒社会も麻薬ビジネスに力を入れており、ある有力組織が中国大陸の福建省に進出してヘロインの精製施設を作ったことが判明した。
麻薬については、米国における中国系黒社会の暗躍ぶりに触れないわけにはいかない。米国は世界最大の麻薬消費国であり、世界中から麻薬が流れ込む国となっている。例えばヘロイン。かつてはメキシコなどで生産されるイエロー・ヘロインが多かったが、80年代後半になって東南アジアのゴールデン・トライアングルで産出され中国経由で運ばれる「チャイナ・ホワイト」という純度の高いヘロインが出回るようになった。現在、このチャイナ・ホワイトは全体の50〜70パーセント以上を占めるのではないかと見られている。それまでのヘロインが3〜4パーセントの純度しかなかったのに対し、チャイナ・ホワイトは40パーセントと抜群に高く、一方で値段は、かつての1グラム150ドル前後から最近では半分に下がっている。なお、世界で生産されるヘロインのうちゴールデン・トライアングル産が70パーセントを占めると見られている。
国連の統計によると、世界で麻薬患者は約5000万人、麻薬の売人は100万人で、毎年取引される額は5000億ドルに達している。まさに巨大ビジネスである。この麻薬取引は、ほとんどが各国のマフィアによって牛耳られていることは言うまでもない。
2.密航
黒社会の近年の最も有力な資金源、それは密航である。密航は中国社会の開放、先進国の人手不足、密航希望者の激増、摘発された場合の刑の軽さなどがあいまって、きわめてうまみの大きいビジネスとなっている。たとえば今、一人の人間を先進国に密航させる場合、2万から3万ドルの費用がかかるとされている。この費用はもちろん密航者が事前に全額払うわけではなく、働いて返すのだが、密航を行う黒社会にはそこから1万ドル程度の手数料が入るとされる。100人運べば100万ドルになるわけだ。しかも密航希望者は中国大陸にはたくさんいる。これほど手軽で手堅い商売はないと言ってよいだろう。 密航先はさまざまであるが、中国人の密航先として一番人気の高いのは米国である。これ にはいくつかの理由がある。中国人のコミュニティがすでに形成されていること、米国人の個人主義が中国人に合っていること、中国人が伝統的に抱いている米国崇拝などである。密航希望先の順位としては、一位が米国、二位グループに欧州、カナダ、オーストラリア、三位が台湾、東南アジアで、日本は四番目くらいである。そのほか最近は、ロシア、東欧にも多くの密航者が出ている。
密航には中国大陸の黒社会だけでなく香港、台湾の黒社会が深く関与している。中国大陸の黒社会は組織も小さい上、まだ国際的に認知されていない組織が多い。その点、香港、台湾の組織は相互の認知度も高く多くの犯罪に手を染めており、古くから海外で活動していたために地盤も固まっている。
密航はまた、多くの犯罪を生み出す要因となっている。密航者の大半はまじめに働くことを目的としているが、なかには自分自身が蛇頭になる男や風俗関係の仕事につく女性も多く、犯罪の温床になっているのである。
3.売春
売春は黒社会が最も手軽に行っている犯罪である。中国社会において売春は犯罪意識の薄い商売であり、もともと貧富の差が激しかったため、この商売につく女性は昔から多かった。たとえば香港の売春宿は100パーセント黒社会によって運営されている。また、中国においては、売春は当局の手入れを受けやすいため、黒社会が公安当局を巻き込んで仕事をしているケースが多い。中国では、全国で約400万人の単身赴任者がいるとされ、台湾、香港からも多くの単身赴任者が流入しており、売春業者の格好のターゲットとなっている。
中国社会における売春で特徴的なのは散髪が売春と関係している点である。あやしげな自称マッサージが売春に関連するのは日本でもあるが、散髪は日本では売春とは無関係だった。ところが中国社会では散髪イコール売春と言ってよいほど両者は関係が深い。かつて台湾では豪華理髪店というのがあり、これは散髪のあと女性が性的なサービスをするところだった。台湾では当局の取り締まりもあって姿を消しつつあるが、中国大陸ではこれが大盛況だ。また、中国大陸では「一緒に○○をする女性」というのもある。一緒に酒を飲む、一緒に映画を見る、一緒にビーチに行くなどといったもので、これはもちろん性的なサービスを含んでいる。さらに、売春ではないが、「愛人を紹介する」という商売もある。
中国では売春は改革開放政策のなかで一段と盛んになっており、中国の公安部が摘発した売春婦の数は86年で2万5000人、87年で6万8700人、88年で5万8000人、89年で10万2000人と増加の一途をたどり、93年に公安機関が摘発した売買春者24万6000人にのぼっている。
中国大陸黒社会によると、中国の売春の最近の特徴として次の点をあげている。
@売春に関与する黒社会組織がますます多くなっている。
A売春組織の兼業が増えている。
B高級コールガールが増え、売春の費用がますます高くなっている。
C売春の方法が多岐にわたっている。
D外国に出稼ぎに出る売春婦が増えている。
E売春に付随して多くの刑事事件が発生している。
売春組織の中で大きなものは、数百人もの女性を抱えているところもある。中国大陸黒社会によると、このなかには「蝶恋花幇」「山水幇」「十三姉妹幇」などといった組織があり、経営者は多くが東北部の人間だという。
もちろん、中国大陸では売春は犯罪行為であり、公安当局も取り締まりを行ってきた。しかし、公安当局が業者と協力関係にあるケースが多い上、取り締まってもすぐに復活するなど成果はあまりあがっていないのが実情である。
4.人身売買と誘拐
人身売買も中国に古くからある黒社会犯罪の一つである。この人身売買は、まず人をさらってきて、それをしかるべき場所で売るという商売であり、かなり大がかりな組織がないとできないビジネスである。その点では黒社会ならではのビジネスといえる。この人身売買は、かつては日本人も対象にされており、香港で売り飛ばされた日本人女性が数多く黒社会に奉仕していたというレポートもあった。だが、最近ではそうした例は少ない。これは日本人を売買すると目立つ上、日本人女性が外国での生活になじめずビジネスとして成功しにくいという側面がある。それよりも中国大陸の女性を狙ったほうが確実に成功するためとみられる。
1996年に中国人民公安報が報じたところによると、91年から95年の間に中国で騙されて売られた人の数は8万8759人にのぼる。そのうち児童は9パーセントを占める。一日あたり48人が売られていることになる。また、人身売買の罪で検挙された犯罪者の数は14万3000人にのぼった。しかし、これは氷山の一角で、実際にはこの数倍の人身売買が行われていると見られる。
人身売買の対象になるのは女性と児童が多い。成人男性は売り飛ばしても逃げ出すことが多く、ビジネスとしては危険が伴うからだ。
人身売買と裏腹の関係にあるのは誘拐である。人身売買の場合、親が納得ずくで売り飛ばす場合もあるが、誘拐されて売り飛ばされるケースも多い。誘拐事件について中国公安部は95年4月に、93年と94年に摘発した子供と女性の誘拐事件が合計で3万3143件に達したことを明らかにした。このうち保護されたのは女性が4751人、子供が2731人、多くの誘拐事件が未解決になっている。
これらの誘拐事件の大半は、人身売買が目的と見られている。女性の場合は売春婦や工場の労働者として、または、嫁不足が深刻化している農村に売られるケースがほとんどとされる。子供の誘拐は男の子が大半で、これは労働力として使われたり、子供のいない夫婦に売られるケースが多い。中国では一人っ子政策の結果、女の子を生みたくないという風潮が根づいており、妊娠しても子供が女だとわかると中絶するケースがあとを絶たない。ひどい場合には生んでも登録せずやみっ子(無戸籍者)にすることもある。こうしたことから、特に農村部では男女の比率が大幅に狂ってきており、嫁不足が大きな問題になっている。
人身売買はかつて田舎に多い犯罪であったが、最近は都会のインテリを狙った犯罪も増えているようだ。犯罪組織は人身売買を目的に誘拐を実行する場合、いくつかの仕事に分けているという。それは以下のような分担である。
@誘拐担当(実行部隊)
A移送担当(誘拐した人を移送する)
B引き継ぎ担当(移送した人をほかの地域に移す)
C売り飛ばし担当(誘拐した人を売り飛ばす)
D仕事を与える担当(売り飛ばした先で仕事を与える)
人身売買はあとを絶たないが、その理由の一つに人身売買に対する罰則が比較的軽いことが挙げられる。中国では普通の人身売買なら5年以下の懲役だ。
5.賭博
賭博は中国では普遍的にあった娯楽であり、そこにも黒社会が関係している。黒社会が関係するのは賭博場の提供とそこでの高利貸である。
中国大陸では中華人民共和国成立後、あらゆる賭博行為は禁止された。上海などにあった競馬場も廃止された。しかし、改革開放政策の中で小金持ちが増え、ギャンブルをやりたがる人も増えている。亡国の遊びといわれる麻雀をさせるところも増加している。こうした状況下で黒社会組織は非合法の賭場を開帳し、ギャンブル好きの住民を集めて暴利をむさぼっている。中国にはパチンコなど手軽に楽しめるギャンブル場がないため黒社会が場所を提供しているわけだ。また、こうしたギャンブル場は往々にして公安当局の黙認のもとに開かれる。
ギャンブルにつきものなのが高利貸である。ギャンブルで熱くなって負けると、その分を取り戻そうとお金を借りる。当然ながら、法外な高利である。また、香港やマカオでは「大耳窿」という消費者金融まがいの高利貸が横行している。これらの高利貸は黒社会の有力な資金源となっている。マカオのカジノの例をとると、ギャンブルに負ければすぐお金が借りられる仕組みになっているし、勝てば勝ったで絶世の美女がカジノの近くで呼び込みを行っているそうだ。
6.殺人、身代金誘拐
殺人と身代金誘拐は黒社会の最も荒っぽい犯罪である。こうした犯罪が多いのは台湾である。台湾での殺人件数は1994年で1441件、96年で1743件に達している。また、香港系と台湾系の黒社会は米国で誘拐と殺人を組織的に行っている。91年にはロサンゼルスで台湾人医師の子供が誘拐され、150万ドルが支払われたあと開放される事件があった。この後、国際的な捜査協力で92年に大規模な摘発が行われた。
殺人も黒社会の重要なビジネスの一種だ。黒社会の隠語では殺人は「包殺人」「包做人」という。包とは請け負うという意味だ。車をチャーターするのを包車という。殺人についてはごく少ない費用でも請け負うところがあり、中国大陸では約1万5000円で殺し屋が雇えるという。殺し屋の手口は残忍である。何らかの恨みをはらすために殺人を依頼するケースが多いこともあり、皮をはぐ、顔をつぶす、腕を切り落とした上で殺す、といった例が頻繁に報告されている。
7.ニセモノ作り
通貨やパスポートの偽造、それにいわゆるブランドのニセモノ作りは黒社会が得意とする犯罪である。いずれも巨額の利益を生み出す。
中国周辺では通貨の偽造はおもに中国の人民元が狙われる。人民元は精巧さに欠け、偽造しやすいためだ。紙幣の偽造対策としては通常は機械でチェックする。中国では商店に100元などの高額紙幣を払うと機械にかけてチェックすることが多い。これはいかにニセ札が多いかの証明だ。また、変わった方法としては、紙幣を払った人に名前を書き込ませるというものがある。これは学費納入などの際によくとられる方法で、名前の入った紙幣の番号を記録しておき、偽造が発覚すれば再度納入させるというものだ。この通貨の偽造については2001年3月に行われた第9期全国人民代表大会で最高検にあたる最高人民検察院が活動報告を行い、2000年の通貨偽造摘発件数が4740件にのぼり、前年比12.1パーセント増となっていることが公表されている。また、この報告では約6億元を偽造した事件で7人が死刑を執行されたという。通貨の偽造摘発件数が4000件を超えるというのは大変な数字である。
パスポートの偽造も有名である。これについては、実際のパスポートを盗んできて一部を改造する手口と、全体を偽造する手口の2つがある。日本人のパスポートは高値で売買されている。一冊50万円という説もある。このため日本人はあちこちで狙われている。日本人は安全に対する注意が足りないため、持ち歩いてスリに盗まれたり、ホテルのボーイを装った犯罪者に騙されるケースが目立っている。
第3章
中国における黒社会
1.大陸黒社会
中国大陸の黒社会は日本の暴力団とは異なる。日本の場合、やくざ組織はプロ集団として存在し、その親分は代々継承されていくが、中国人の黒社会はそれとは違い、結社は職業的なものではない。したがって、それぞれ正業を持っているケースも多い。
中国共産党が90年初頭にまとめた数字によると、中国大陸には500あまりの黒社会組織があり、そのなかでも広州の「新義安」「三合会」、東北地方の「真龍幇」、上海の「震中幇」、膠東「海泉幇」、江西の「臥虎幇」、河北の「改日会」などの勢力が強力だとされている。それに次いで勢力があると見られているのが、華東の「青龍幇」、西北の「逍遥幇」、貴州の「遵義幇」、黒龍江の「東北虎」、湖南、河南の「黒手党」などである。
また、広東省公安当局の内部統計によると、広州市だけで正式に黒社会の構成員になっているのは10万人あまりいるとされる。このなかには「新義安」「三合会」「白手党」「頭巾党」「黒手党」などのほか香港・台湾の黒社会と同じ名前を持つ組織も多い。これらの組織は「14K」「水房」「和安楽」「和勝和」「和勝義」「竹聯幇」などである。そうした組織のなかには香港や台湾の組織と関係を持つグループもある。
香港に近い深?では「14K」「水房」「和安楽」「和勝和」「和勝義」「竹聯幇」「沙頭幇」などが活動している。また福建省の黒社会の規模は広東省に次いでおり、近年取り締まりを受けた組織には「24K」「金鷹幇」「斧頭幇」「兄弟会」「十?妹幇」など10の組織がある。
中国の黒社会に関する著書「中国大陸黒社会」の筆者である何頻氏によれば、「中国大陸の黒社会の参加者はさまざまで農民、学生、失業者、労働者などが加わっている。なかには国家幹部、公安当局者、現役の軍人までいる。中心になっているのは、労働改造所などを出た連中で、最近の特徴は、学生が多く参加していることである。」
中国の公安当局は1991年に黒社会の実態をまとめた内部通達書を出した。そのなかで中国における黒社会の特徴として以下の点を指摘している。
@ 党幹部や公安当局者と癒着している。
A 私営企業の合法的な看板を掲げて売春、密輸、賭博などの犯罪に加わっている。
B 組織のメンバーは労働改造教育を受けた者が多い。
C 経済的基盤を持っている組織が多い。
この内部文書は、中国当局が始めて黒社会の存在を認めたものとして知られている。逆に言えばそれまでは中国には黒社会は存在しないことになっていたわけだ。
中国の公安当局は、黒社会と認定する際の基準を6項目定めている。
@ 一定の勢力を有し、一定の勢力範囲を持つか。
A 犯罪が職業化し、長期にわたってある種の犯罪に従事しているか。
B 人数が多く、固定しているか。
C 反社会性が強く、人民に害を及ぼしているか。
D 一定の経済的実力を持ち、場合によっては経済実態の基盤をもっているか。
E さまざまな策略で公安、司法、党や政府の幹部に取り入り、保護を求めているか。
また、中国における最近の犯罪の特徴は低年齢化、多様化、集団化、性犯罪化と言われており、中国青年誌によると、「1993年に中国で摘発された刑事事件は約121万件で、前年より13万件増えた」という。「中国における余剰労働力は2億人とも言われるが、この失業問題が犯罪の増加にも影響している」のである。
中国の黒社会は大きく2つに分けられる。それは1つの地域内でもとから活動している組織と地域外から浸透してきた組織で、後者は流動性が非常に強い。これをさらに2つずつに分け、4つのタイプに分類することができる。
@固定型。地域に深く根を張るタイプで俗称「地頭蛇」と呼ばれる。例えば華北の河南省許昌市では黒社会が暴力的手段で市内をおさえ、衣料、靴、帽子,建材、運輸、飲食などの商売を完全に取り仕切っており、彼らの許可がなければ何もできなくなっている。さらに地元の公務員とも結託している。
A親族型。家族の結びつきを中心にできている組織。
B流動型。一定の地域に固定せず流動しながら活動拠点を見つけるタイプ。活動拠点は駅、波止場、列車の中など。
C越境型。地域を越えて連携をはかるタイプ。
黒社会組織の名称について一般的なのは、活動地区の名前と封建的な迷信や暴力の色彩をドッキングさせたもので、例えば、「龍」「虎」「神」「紙」「鬼」「侠」「怪」「隊」などの文字をつけた名称である。名称からいくつかに分類すると、以下のようになる。名称によって、活動形態がわかるものもある。
@構成員の多数が特定地域の出身の場合。これはその土地の名前をつけることが多い。例えば、広東の「福建幇」「四川幇」「北京幇」、上海の「安徽幇」「貴陽幇」、江蘇の「太湖幇」などである。
A動植物の名前をつけているもの。動物の場合は獰猛なイメージの名前を使うことが多く、植物だと華麗なものを使うことが多い。例えば動物では四川の「黒豹」、湖南の「天龍幇」、山西の「狼幇」、上海の「神鷹会」「天龍会」「飛虎会」、福建の「血獣幇」など。植物では河南の「梅花幇」、四川の「紫竹幇」、海南の「手槍幇」、河南、吉林、寧波の「斧頭幇」など。
C兄弟姉妹の数を命名したもの。河北の「三剣客」、河南の「十三太保」「十三妹」、上海の「八兄弟」「十兄弟」など。
D特定の犯罪をもとに命名したもの。遼寧の「女子鉄道遊撃隊」、長沙の「電纜賊幇」など。
E政治的な名前を持つもの。上海の「震中幇」、河北の「改日会」、成都の「新興華人民政府」などで、震中は「中国を震わす」、改日は「天地を変える」、つまり世の中を変えることを指す。
中国における近年の犯罪の特徴について中国人研究者、郭翔氏は次のように指摘する。
@ 女性の犯罪が増えている。犯罪の男女比は90対19ぐらいだが、一部の地方では85対15に達している。
A 流動人口と農民による犯罪の比率が大きくなっている。摘発された犯罪者の6割前後が外来人口ということもある。
B 役人の汚職、収賄が際立っている。1996年に全国の検察機関が受理した汚職、収賄、公金流用案件は10万383件、立件審査したものは4万6314件であった。
C 25歳以下の青少年犯罪が7割前後を占めている。特に19歳以下の未成年者の犯罪が上昇している。
2.香港の黒社会
香港は「中国系黒社会の首都」と言われる。香港の黒社会のメンバーはおよそ10万人で、約50の黒社会組織があると見られ、これに準構成員が加わって、全体としては20万近くの規模になるとされている。香港の人口は約700万人だから人口比で見ると3パーセント前後が黒社会の関係者ということになる。
香港黒社会の別名は「三合会」である。これはもともと中国の秘密結社をルーツとしているためだ。2000年の三合会による犯罪は2477件で、香港における犯罪全体の3.2パーセントをしめた。この数字は減少傾向にある。1999年までの5年間の平均は3.9パーセントであった。 中国返還後、香港で組織犯罪が減少しているのは、黒社会が中国大陸に目を向けているためである。
香港における現代黒社会の特徴の一つは、正規の会員よりも準構成員の数が著しく増えていることである。香港には、1970年代から1980年代にかけて、約30の組織があり、そのメンバーの総数は準構成員を入れると約19万人に達したという。組織は「14K」「和記」「四大」「潮幇」の4つに分かれていた。
このうち14Kは当時、約5万人の人数を抱えており、「忠」「孝」「仁」「勇」「毅」「義」など8つの支部を持っていた。現在は、「実」「践」「忠」「孝」「仁」「勇」「信」「義」「和」「平」「徳」「礼」「堅」「毅」「拝廬」「巨廬」の16の分団からなる。いわゆる支部のようなもので「堆」と呼ばれるが、それぞれかなりの独立性を保っているようだ。
和記は「和字頭」と同じ意味で、「和」のつく団体のことである。第二次世界大戦前は香港には「和」のつく秘密組織が36もあった。1945年以後、これらの組織は離合集散を繰り返し、現在は13の組織に集約されている。そのなかで強力なのは「和安楽」「和勝和」「和勇義」「和合桃」「和利和」「和勝堂」である。14Kの出現以前、「和安楽」が香港最大の組織であった。
四大は「単義」「同新和」「同楽」「同義」「聯英社」など9団体からなるが、いずれも、組織の名前に「単」「同」「聯」「馬」がつくことから「四大」と呼ばれている。
潮幇は「福義安」「新義安」「敬義」「義群」の4組織からなる。中国広東省潮州をルーツとする組織であるところから「潮幇」あるいは「潮州幇」と呼ばれる。「新義安」は九龍一帯の繁華街を根拠にして勢力をのばしてきたグループである。「福義安」は潮州移民の組織であり、20世紀の初めに成立している。当初は「福義公司」と名乗っていた。
こうした香港の黒社会のなかで、最大勢力を誇るのは新義安で、メンバー総数約4万7000人と黒社会人口の9〜15%を占め、14K、和勝和とともにトップグループを形成する。第2グループには和安楽、和合桃、聯英社、福義興、敬義などである。このほか、
聯英社、聯義社、聯群社、聯群英の4団体からなる「聯字頭」グループ、同新和、同楽、同義の3団体からなる「同字頭」グループもある。
香港黒社会は現在、商業化と合法化の道を歩んでいる。新義安は「会社」を名乗り、トップは代表取締役にあたる「龍頭大哥」と呼ばれ、各地区の親分は「重役」と呼ばれている。
また、現在では上記の地元系組織以外に、大陸系、台湾系の組織も暗躍している。大陸系では、「大圏幇」が勢力をのばしており、和字頭、14K、四大、潮州幇と並んで五大主要グループの一角を占めている。
3.台湾の黒社会
香港と並んで大きな勢力を誇るのが台湾の黒社会である。台湾の黒社会の勢力は時代に応じて変化してきた。台湾黒社会の特徴として60年代は地域社会に根をおろす社会型黒社会、70年代は金儲け重視の経済型黒社会、80年代は政界との癒着が顕著な政治型黒社会が挙げられる。90年代に入ってからは台北での活動を特に重視する中央移行型が特徴だ。台湾には現在約700の黒社会組織が存在するが、最大の「竹連幇」と二番手の「四海幇」で台湾全体の賭博、売春、縄張り、娯楽産業の6割を占めるといわれる。
台湾黒社会の構成員総数は約10万人とされるが、組織数がおよそ700ということからもわかるように、規模の小さなグループが乱立しているのである。それは、大陸の異なる地域から移住してきたさまざまなグループから社会が構成されてきたことに起因している。エスニックな、あるいは地域的なグループは、それぞれ相互扶助と自衛のために組織化し、そうした武装した集団間で、戦闘や誘拐、暗殺などの集団暴力が繰り広げられた。
日本の植民地時代の結社は、武装集団から変質して、政治的・社会的機能を持たないごく地方的な一般的結社へと戻ったが、地域的な私怨や利益がらみで誕生する結社は途絶えることはなかった。そうした小さな結社は、地域意識が強く、排他性が非常に強かったので、広範な結合を生む大規模な広がりは見せなかった。
最終章
日本で暗躍する中国系黒社会
1.ターゲットとしての日本
世界各地でチャイニーズ・マフィアの活動が目立つにつれ、日本でも中国系黒社会の暗躍がここ数年、おおいに注目されるようになった。日本における中国人の犯罪は増加の一途をたどっており、最近は一般市民を巻き込んだ事件も多発している。日本も黒社会のターゲットになっていることは否定できない事実である。
チャイニーズ・マフィアの活動については、世界を三つの同心円にして考えるとわかりやすい。一番中心の円は母国である。つまり中国であり、香港であり、台湾である。これはあらゆる活動の根拠地である。その外側の円に中国系黒社会にとって活躍しやすい外国がある。最も外側が、中国系黒社会にとってきわめて活動しにくいか、あるいは活動してもあまりメリットのない地域である。
中心から二番目の円のなかには米国、カナダ、ヨーロッパ、東南アジア、オーストラリア、ロシア、日本、韓国、ラテンアメリカなどが入る。三番目の円にはアフリカ、南西アジア、中東などが含まれる。
日本は二番目のなかでも、中程度に位置する。欧米よりは優先順位は下がるが、ラテンアメリカなどよりは上にある。これは日本で活動する際、彼らにとってプラスとマイナスの両面があるためだ。黒社会にとってのプラス面としては以下のようなものがある。
@ 日本人の警戒心のなさ。
A 日本には少数だが中国人社会があること。
B 母国との地理の近さ。
C 言葉。共通の漢字を使うところ。
D 見た目。中国人と日本人はあまり区別がつかない。
一方、マイナス面としては以下のようなものがある。
@ 日本の警察の優秀さ。
A 日本人の排他性。
B 日本の慢性的不況。
C 日本の暴力団の存在。
D 永住している中国人が比較的少ないこと。
中国系黒社会にとって日本の優先順位は欧米より低かったため、十数年前までは日本は“処女地”のようなものであった。だが、欧米での活動が飽和状態になるにつれ、次のターゲットとして日本が狙われているという側面もある。
2、日本における中国人の犯罪
日本における中国人の犯罪の大半が、黒社会による犯罪組織である。犯罪の種類としては、密航、麻薬の売買、銃器の密売、強盗、殺人、児童買春、車盗、ピッキング、スリ、窃盗などさまざまである。ターゲットもしばらく前は在日中国人を狙ったものが大半だったが、最近は一般の日本人を狙う犯罪が増えている。特に地方では、まだまだ外国人の犯罪には無警戒であるため、黒社会が地方を狙う傾向がある。
次に中国人犯罪の傾向を見ていく。窃盗、強盗については、中心となっていたのは香港の爆窃団であった。これらのグループによると見られる広域集団窃盗事件は93年に89件も発生している。貴金属店の強盗のほか、ヘロインの密売を行っており、これは日本のヤクザ組織とつながりがある。最近ではこれが中国大陸から来た黒社会の仕事に変わっている。
凶悪犯のうち増加が激しいのは強盗で2000年には104件となり、前年比28.4パーセントと大幅に増えた。警察庁では「強盗が組織化し、手口が荒っぽくなってきた。以前は同じ国の人間が狙われていたが、最近は日本人が被害者の中心になってきている」 としている。
2001年夏には外国人による緊縛強盗が東京都内で多発している。例えば東京・銀座の高級クラブにアジア系外国人風の四人組が押し入り、客やホステスなど33人を縛った上、現金140万円と500万円相当の貴金属を奪った。これは、中国系黒社会による犯行と見られている。
売春も多い。いわゆる風俗といわれる分野にも中国人の進出はめざましい。特にここ数年、韓国エステという名称の風俗店が激増したが、こういう店では韓国人にまじって中国女性がよく働いている。もちろん違法である。
3、不法滞在
こうした犯罪の裏側にあるのが不法滞在である。警察白書(平成13年度版)によると、法務省の推計による日本にいる不法滞在者は23万2100人で、うち中国人は3万1000人、台湾人は8800人となっている。また、2000年中に警察が検挙した不法入国者および不法上陸者は2080人で、中国人はそのうち1509人となっている。
不法滞在にはいろいろな方法がある。一番多いのは何らかのビザで正式に入国、滞在期限が切れたあとも不法に残るというものだ。中国人の不法就労者は約半分が元就学生という。就学生とは働くことを目的に日本に来た学生のことだ。
日本の大学や大学院で学ぶ学生は2001年5月現在で7万8800人で過去最多となっている。このうち中国人は4万4000人で前年から1万1700人も増えた。
また、研修などの名目で入国して、その後、失踪して不法滞在になるケースもある。
もうひとつ注目されるのは中国人女性と日本人男性の偽装結婚である。外国人が日本人と結婚して配偶者として在留資格が認められれば、最長三年まで就労制限がなく働ける制度を悪用したものである。手数料を徴する結婚仲介業があとを絶たないことから見て、潜在化していると考えてよい。
偽造旅券を使って入国する手口もある。警察白書によると、2000年に偽造旅券を使って不法入国、不法滞在で摘発された人は357人だったが、そのうち中国人が226人を占めた。
4.日本への密航
日本人における中国人の犯罪で、やはり注目すべきは密航だろう。最近は単なる出稼ぎではなく、犯罪者の送り出しにもなっているとみられ、ほかの犯罪を助長する要因ともなっている。また、密航自体がかなり複雑化している。密航の成功率は一般的に8割前後と言われている。
集団密航の摘発は年々大幅に減少している。この理由については警察白書は、「日本側が水際対策を強化したことと中国側が密航の取り締まりを強化したためであり、日本の雇用情勢が厳しいと認識されていることも影響している」と解説している。どう白書はまた、偽造旅券や不正取得したビザを使用するなど手口が多様化、巧妙化しているとも指摘している。
密航を手配する「蛇頭」も、成功率の高い身密航ルートの開発に余念がなく、手口は確かに巧妙になってきている。
台湾旅券で入国するのもそのひとつ。もともと、香港などには旅券偽造のノウハウをもったグループが暗躍しており、ここで台湾旅券や身分証を入手、台湾人になりすまして成田空港から入国するパターンだ。女性の蛇頭の手引きで香港から新千歳空港に到着したケースや、公的旅券を悪用して経済視察を装うケースも出てきた。さらに入国後、密航者を北海道から東京まで保冷車の荷台に乗せて移動させていたケースなども報告されている。
船を使った密航については90年ごろから中国人、それも福建省からの集団密航が目立つようになってきた。彼らの目的は経済大国で働き、日本で収入を得る点では共通しているものの、これまでの外国人労働者とは異なった面もいくつか持っている。
例えば背後に密航ブローカー「蛇頭」が介在しており、大がかりな国際犯罪の様相を呈しているのもそのひとつだ。また経済難にあえぎ、母国を捨て日本に渡るといった“経済難民”のイメージとはかなり趣を異にしているのも見逃せない。一般的に中国人は貧しく、質素で粗末な生活をしていると考えられがちだが、密航者の大半は母国で比較的に裕福に過ごしているのだ。
島国の日本は長い海岸線を持ってあり、水際での摘発には多くの困難を伴う。上陸に成功した者が、次に続く密航者の仕事先の世話や住宅の手配などを手助けする構図も見え隠れしており、今後は再び中国人の密航が増えると予想される。
もともと密航者にとって、集団渡航は「日本人の駐車違反に対する意識」程度にしか受け止められておらず、遵法意識に欠けている。これが密航後の新たな犯罪を誘発している点も重要だ。輸送能力を考えると薬物や銃器の密輸なども十分可能であり、日本社会の治安に与える影響は計り知れないと懸念される。
5.密航の手順
船を使った密航について、実際の手順をこれまでの情報から再現してみよう。
密航者は密航ブローカー「蛇頭」が勧誘する。勧誘の対象としては比較的裕福な人間が選ばれる。これは蛇頭側が「費用の取りはぐれ」がないように徹底しているためだ。希望者には約10万から15万元の密航料が持ちかけられる。出航するのは人里離れた海岸が多い。小船でひとまず沖に出て、沖合いで漁船に乗り換え、さらに途中で貨物船に乗り換えて日本の港を目指すのが通常のパターンとなっている。
上陸場所については、九州から北海道まで全国的に広がっているが、どこでもよいわけではない。これまでの摘発例から見ると、上陸するのはやはり目立たない海岸が多い。海上に停泊した船から20から30分で上陸が可能で、かつ、大きな港の周辺を選ぶことが多い。これは上陸後の交通機関が発達しており、逃走に便利だからと見られる。
海路による密航は通常11月から翌年の1月まではない。これは寒さとしけの関係だろう。天気予報を参考に福建省の沿岸港などから出港、途中台風に出会うこともあるため浙江省の沈家門港、普陀山港などに緊急避難のため停泊することもある。これらの港は福建省の船が数多く停泊しており、中国側官憲に怪しまれることは少ないからと言われている。
日本の目的地に上陸するのは深夜から午前4時が多い。密航船は短時間に密航者を降ろし、夜が明けるまでに領海外に出るのが望ましいとされる。したがってベストタイムは午前0時ごろだが、昼間帯に到着したのち、深夜まで時間調整を行っている場合もある。密航船は中国船、台湾船が使われ、日本近海でゴムボートなどに乗り換えてピストン輸送で上陸する場合もある。
上陸すると必ず出迎える者が現れ、仕事先や居住地などを世話する。出迎え係は就学生として来日した者もいれば、在住期間が切れても在留している不法残留者の場合もあり、工事現場や飲食店で働いている中国人の場合もある。
密航者はたいてい在日の親族や友人などの連絡先のメモを持っている。最近は摘発時に発覚することを恐れ、暗記していることも多い。日本に来てから実家に電話をかけ、コネを紹介してもらうケースもある。コネを使ってさまざまな生活上の便宜供与を受けるのである。人脈を大事にする中国人特有の感性が感じられる。
密航後、日本で稼いだ金は中国の実家に送られる。その際、郵便為替が使われることが多い。普通の手紙で送ったのでは検閲があり、官憲の手によって没収、罰金を科せられるのは目に見えているが、郵便為替なら日本全国どこの郵便局からも送ることができ、6万円までの保証制度もあって安全というわけだ。そのため、送金単位は6万円ごとというのが一般的だ。日本に来る密航者の大半は、1年働き、500万から600万稼ぐのが目標になっている。これは中国人の年収の約20から30倍にあたる。また、送られてきた金で密航の費用を払うケースが一般的になりつつあるという。
最近の蛇頭は分割払いでの密航希望者も受け付けている。出国前、1割程度の手付金を徴収した後、残金プラス利息分を到着後支払う仕組みを作っている。
6.暴力団とのつながり
密航対策として日中捜査当局の協力もそれなりに行われている。海上保安庁と中国公安部は密航や密輸などの海上犯罪を協力して取り締まるため2001年10月、捜査協力に関する合意文書に署名している。
だが、逆に密航側が日本側に協力者を持っているケースも増えている。一番多いのは暴力団との協力関係である。
日本の暴力団は中国人犯罪グループにどう位置づけられているのだろうか。これまでの情報から分析した限りでは、密航に関して日本の暴力団はあくまで脇役で、日本人でなければできない仕事を処理して、手数料の一部を受け取っているにすぎない。それでも暴力団にとってはうまみは大きい。例えば一人当たり20万円で請け負えば、100人の密航を成功させると一度に2000万円が手に入る。それを10回重ねれば、2億円のビックビジネスである。密航が摘発されるたびに、関与した日本の暴力団も同時に摘発されるパターンがもはや定着したと言える。
また、暴力団以外の漁業関係者などが密航に関与するケースも見られるようになってきた。93年に鹿児島で摘発されたケースでは北海道の日本漁船が使われていたことが判明、捜査当局はこれまでに例を見ない事件として衝撃を受けた。
暴力団とのつながりはもちろん密航だけではない。お互いに暴力組織である以上、「蛇の道は蛇」で協力できる部分はある。2000年5月に神奈川県横須賀市で元会社社長が殺害された事件では、主犯は中国福建省の人物だったが、犯行を行うにあたって、日本の暴力団員から「元会社社長の家には1億円の現金がある」との情報を買い、押し入ったことが判明している。このケースでは現金9万円と宝石類を強奪したにすぎなかった。
日本の暴力団は最近、香港や台湾の黒社会の首領との関係を深めていると言われ、今後は中国、香港、台湾、日本の4つの犯罪組織の連携が懸念される。
<注>
1.「チャイニーズドラゴン」紙 2000年7月4日11面
2.郭翔「中国における現代型犯罪と規制対策」2000年5月
「中国21」Vol8、228頁
3.巴図「香港洪幇」(時事出版)357頁
4.「中国における現代型犯罪と規制対策」228頁
5.曹鳳「第五次高峰――当代中国的犯罪問題」(今日中国出版)57頁
6.「有組織犯罪透視」120頁
7.「深?週間」2001年4月23日号8頁
8.張仁善「当代中国黒幇」(江蘇人民出版)142頁
9.「中国における現代型犯罪と規制対策」228頁
10.年鑑「HONG KONG 2000」(香港特別行政府発行)312頁
11.潘琳「炎黄子孫」356頁
12.「東京新聞」2001年9月13日夕刊10面
<参考文献>
http://www.npa.go.jp/hakusyo/h17/index.html
http://www.npa.go.jp/hakusyo/h16/index.html
www.mmjp.or.jp/sososha/pdf_file/hand4_C_2006.pdf
http://www.21ccs.jp/
http://www.cji.jp/Link/news/country/country1.html
http://www.come.or.jp/hshy/j95/07e.html
http://www.asia-photo.net/yunnan/iwazawa/iwa37.html
www.sfc.keio.ac.jp/china-express/07somethingnew/070004.htm
国際統計 - 犯罪率統計-ICPO調査
「中国の黒社会」 石田収
「チャイナタウン」 グウェン・キンキード
「黒社会 中国を揺るがす組織犯罪」 何頻・王兆軍
「中国人犯罪グループ」 森田靖郎
「中国の社会病理」 張萍
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