ナシ族

ナシ族は、総人口308,839人(2000年)、雲南省西北部の海抜高度1000〜2000メートルの盆地や丘陵部に居住する。金沙江を境として、人口の約90パーセントが西側の麗江ナシ族自治県とシャングリラ県南部に集中し、東側の寧浪県のロコ湖周辺にはモソ(ナシ族の一支)が暮らす。モソは、中華人民共和国下の民族識別工作によってナシ族とされたものの、母系制社会のもとで妻問い婚を行うなど麗江のナシ族とは異なる風俗習慣をもち、自らもナシではなくモソであるという意識を強く持つ。
ナシ族の一支「モソ」の民居内
モソの民族衣装を着た女性
 伝承によれば、ナシ族は古代中国の遊牧民「羌」の末裔で、数千年前に追われて西北の周縁部から南下し、四川の木里を経て雲南のロコ湖、麗江などに定住したという。明代には、領主の木氏が中国王朝から土司を拝命し、漢族の官吏や兵士、文人、商人を大量に受け入れて積極的に漢文化を吸収し、民族の文化にとりいれた。また麗江はチベットとの茶馬交易の基地としても栄え、石畳の小道に沿って伝統的な木造民居が並び、水路がめぐる古城は、1997にユネスコの世界遺産に登録された
 トンパ文化は、ナシ族固有の宗教であるトンパ教(AD7世紀頃成立)を中心に発達した文化である。トンパ教は、2000を超える神々を祀る、自然崇拝に基づいた民間信仰で、チベット仏教の影響がみられるが、組織化された信徒集団や寺院はない。経典は、シャーマンのトンパによって「トンパ文字」で描かれる。トンパ文字は、絵画のような約1400の象形文字からなる。経典は、多くが文化大革命の時に法器とともに焼かれてしまったが、なお約5000冊が現存している。
トンパは、葬式や祖先祭祀などを主催し、厄払いや治病の術を施し、冠婚葬祭や遠出の吉日を占う。また天文や神話伝説、日常生活に関わる様々な民族の知識を伝える伝統文化の伝承者でもある。普段は農民として働き、住民の依頼を受けた時にトンパの活動を行う。人々に尊敬され、社会的地位は高いが、報酬は定まっておらず、富裕になれるわけではない。しかも最高位の老トンパになるための修行は長く、厳しい。修行には終わりがない、とシャングリラ県東_村に住む最高齢の老トンパ(91歳)は語る。
モソの火葬風景、ラマが火をつけようとしている
近年、トンパ文化は生活習慣の変化にともなって急速に日常生活から消えようとしている。かつては村ごとに複数いたというトンパも、文化大革命などの政治運動を経てすでに30名にもみたないといわれ、豊富な知識を習得した老トンパは高齢化し、次々に亡くなっている。そこで麗江県人民政府は、トンパ博物館やトンパ文化研究所を設けて新トンパの育成や散逸した経典や資料の収集に努めるとともに、トンパ文字やナシ古楽を観光資源の一つとして保持しようと試みている。また1987年からは民族意識の高揚を目的としてナシ族の英雄神サンドを祀るサンド祭を毎年2月8日に麗江で開催している。


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