「連合王国における地方分権改革
―新たな政治空間の創出とそのインパクト―」
杉浦 明里
(愛知大学法学部3年 2017年1月時点)
分権改革とは、高次の政府から低次の政府、つまり中央政府から都道府県や州といった基礎自治体に対して、
何らかの責任・リソース・権限を委譲する一連の政策やプロセスを指している。
日本においては憲法上で地方自治が保証されており、これは国際的に見ても珍しい。
その中で連合王国(以下UK)における一連の分権改革、特にスコットランドへの権限移譲改革は、
独自の統治権力とこれを統制する公選議会が設置されたことで、新しい政治空間が創設された。
これはとても稀なことであって、注目された。
ではなぜUKにおいて劇的な分権改革が可能だったのか、
また分権改革はUKの政治・政策・国家のあり方をどのように変えたのか、の2点について述べていく。
まず、なぜUKにおいて劇的な分権改革が可能だったのかについて検討する。
1997年に総選挙で労働党が勝利をおさめ、中央の支配政党である労働党と、
地方野党勢力であるスコットランド国民党(以下SNP)や自民党で形成された分権改革支持連合が成立した。
同年に行われたスコットランドへの分権移譲の是非を問う住民投票において、
圧倒的賛成を得たことでスコットランドへの権限移譲の提案は承認された。
その後1998年にスコットランド法が成立すると、翌年からスコットランド議会が開かれた。
同時にスコットランド自治政府は、所得税の基本税率を上下3%の範囲で変更できる権限を与えられた。
ファレッティが唱えた分権改革の順次理論の枠組みで考えると、政治的分権改革の成果が歯車効果を生み、
これを生かすための財政的分権改革の充実という方向で推進されたことにつながった。
このことから、スコットランド自治政府にとって、
自治政府の歳入増につながり得る権限を獲得できた意義は大きかったと言える。
その後、グラスゴー大学総長のケネス・カルマン卿を委員長とする
『スコットランドの分権改革に関する委員会』
において、「UKの社会的市民権の理念に基づき、連合を断固として保持すべき」ことと、
「スコットランド自治政府が地域自治の実を上げるために財政的自立性を強化する、一連の分権改革を必要」
とすることの2点を骨子とした最終答申を出した。
2012年に保守・自民連立中央政府はこの答申の内容をほぼそのまま、
スコットランド2012法として成立させたことで、スコットランドへの財政的権限移譲が大幅に進んだ。
上記のことを踏まえたうえで、ファレッティの順次理論の枠組みに当てはめて考えると、スコットランドへの分権改革はいずれも中央政府の支配連合に担われており、その内容は中央政府の利害関心を反映したものとなった。またスコットランド自治政府は、財政的分権改革が採用されたことで、その恩恵を受けた。このことから、スコットランドにおける分権改革を理論的に理解するために、ファレッティの順次理論が一定の有効性があると言える。またUKにおいて分権改革が可能だった背景には、政権獲得を目指す政党と地方政党の利害が一致したことが挙げられる。
次に分権改革はUKの政治・政策・国家のあり方をどのように変えたのかについて検討する。
カーニーによると、スコットランドへの権限移譲改革は、
これまでのUKの政治実践・政策展開を支えた伝統や文化が、
レイプハルトが唱える合意形成型民主政に変わるようなインパクトはなかったと結論づけている。
その理由として2つ挙げられる。
1つは、ウェストミンスター議会とスコットランド議会間の意思疎通・調整の手段として合同閣僚委員会といった、
公式手続きの利用を回避する傾向があるなど、
むしろウェストミンスター流の政策スタイルがスコットランド政府に持ち込まれた側面があることである。
もう1つは、スコットランド議会に提出される法案の9割が政府提出案であり、
さらに政府提出法案の9割が成立するという議会の現状はウェストミンスター議会と変わらない、
という評価があるためである。
一方で、国土の主要地域であるイングランドは中央政府によって統治され、
その周辺地域のほとんどにおいて、内政領域に関して自治を行っていることから、
UKは世界でも稀な政治体制の国家となった。
これはスコットランド・ウェールズ・北アイルランド各地域の住民は分権改革を望んだのに対し、
イングランドの住民は他地域の分権に反対しないが、自地域への権限移譲は望まなかったという、
各地域住民の選好をおおよそ反映した結果となった。
以上のことから、分権改革は国制という観点から見るとUKに少なからず影響を与えたと言える。
今後のUKは、スコットランドの独立を求めるSNP、
連合維持派勢力のどちらも更なる権限移譲を求める点に関して一致していることから、
更なる分権改革が行われる可能性が高い。
しかしEU離脱に向けて中央政府が動いているため、今後の動向に注目して分析をする必要がある。
報告者の永戸准教授(右側)とレポート作成者の杉浦さん(左側)
|