>>中国の経営学を学ぶにあたって



 中国では1979年以来の改革開放の過程で新たな企業が数多く出現し発展してきた。かつて計画経済下の中国(1950s-1970s)には多くの工場企業が存在していたのであるが,そこには本来の意味での企業は存在していなかった。当時の企業は国有であれ,集団所有であれ,政府の強い統制の下にあり企業が経営を自主的に意思決定し運営できる余地がほとんどなく,みずからの損益に責任を負う状況になかったからである。そこにはシュンペーターのいわゆる「創造的破壊」を実践する企業家の存在もみられなかった。

 改革開放の始まりとともに中国に本来の企業が多数出現し始めた。それは主として伝統的な国有企業の周辺に出現した非国有企業または非公有企業の出現に代表される。こうして改革開放は中国企業創造の時代をもたらした。

 改革開放後の企業形成について第一の特徴は,国有企業以外のさまざまな資本の企業が大量出現したことである。経済改革の統一的なグランドデザインを持たずに旧来の計画統制をなし崩し的に徐々に自由化したこと,国有企業が社会住民の消費需要にあまり応えることができなかったことなどから,多くの非国有部門の企業が誕生した。郷鎮企業,個人企業,私営企業,外資系企業なとである。それらは市場の形成と変化に柔軟に対応しつつ休息に発展して,中国経済成長の牽引役を果たしていった。特に工業部門の私的資本企業はいまや企業数の8割以上,生産額の1割以上を占めるにいたっており,その比率は増大しつつある。 他方,国有企業はその競争力の減退のゆえに倒産や破産に陥る企業も増加し,国有企業の比重はこの間にかなり低下しており,いまや工業生産額に占める比率はかつての8割から3割以下の水準になっている。国有企業の産業分野は今後大幅に縮小限定していくことが国有経済の戦略調整のなかで提起されているので,将来その比重はさらに低下することが予想される。

 第二の特徴は,中国の企業形成と発展はある意味で,欧米先進諸国における企業発展の歴史的過程を極めて圧縮したかたちで展開されていることであろう。歴史的条件が異なるので単純な比較はできないが,集団所有経済の人民公社制度の解体と自作の農家経営の復活,自らの才覚を発揮した富農の出現とかれらの個人企業やパートナーシップ企業への進出,私営企業(被雇用者8人以上)の出現とその発展,株式会社や有限会社の形成,さらには企業集団や持株会社の出現などは,このあいだわずか20年前後のあいだの出来事である。こうした企業形成の過程は欧米諸国における企業の形成発展の経路と必ずしも同じものではないが,欧米では100―200年以上の長期的過程を経た現象が,中国では極めて短期間にほぼ同時的に出現していることは大変興味深い。経済活動の逞しいバイタリティを示している。他方,それだけにいろいろな問題を抱えていることも事実である。急速な企業形成のなかで,企業活動の舞台となるべき市場制度の形成は立ち遅れ,全国的な統一市場がいまだ形成しておらず,地域的な市場な並存競合している。いまだ市場の規範化レベルや経営者の商業道徳は未確立で,さまざまな不正行為が幅を利かせている。株式会社における統治規範であるコーポレート・ガバナンスの構築はこれからの課題である。

 第三の特徴は,中国の企業形成発展は世界経済との結びつきを急速に高めるなかで展開されていることである。対外開放以降の中国経済はそれ以前の閉鎖的経済とはまったく異なり積極的な経済国際化を進め,中国企業は先進諸国の企業などとの貿易,投資,技術面での結びつきを急速に拡大させてきている。日本企業を含む多くの外国企業が中国に直接投資を行っている。その数は既に累計で30万件を超えている。その結果,中国貿易に占める外資系企業の比重はすでに50%程度に達し,工業生産額でも15%程度を占めるようになっている。この水準は日本よりもはるかに高い水準であり,中国経済成長に外資系企業が 重要な役割を果たしている。将来,中国は大規模な国内市場を形成しつつ,世界の一大生産拠点として東アジアおよび世界の経済ネットワークの再編に大きな役割を発揮することが予想される。間近に迫った中国のWTO加盟はその重要なステップとなるだろうし,また国内の産業構成を大きく変える圧力ともなるであろう。

 このような歴史的転換期に置かれている中国の企業の形成発展とその直面する課題を検討することは,経営学においても経済学においてもきわめて重要な課題であり,広い意味での私の研究課題でもある。