中国の知的財産保護状況と日本企業の取り組み
02c8102 天本 竜司
はじめに
世界的に知的財産権に対する関心が高まる中、中国でも知的財産権に関する意識が年々高まってきた。しかし、現状では、諸外国から偽物市場とのレッテルが貼られるほど、中国市場の評判は良くない。まだ市場経済に移行してから20数年しか経っていないので、市場も成熟しておらず、国家の法整備が急速な経済発展に追いついていない感がある。また、国民の法律に対する意識が細部まで浸透していない。中国では「上に政策があれば、下に対策がある」といわれるように、庶民には政府の政策を逃れるための独自の処世術がある。それゆえに、法制度がなかなか浸透しない所以がここにあると思う。また、改革開放以来「向銭看」という拝金主義的な考え方も浸透し、法の隙を掻い潜って商売するという考えが庶民の中に普通にあるように思える。中国は資本主義国家ではないとされているが、実際は資本主義に近い社会である。資本主義国家を見てみればわかるように、初期の段階では拝金主義が横行するというのは否めない。日本も以前はその道を歩んだ。中国も現在のような発展途上段階では利益優先という考えが出るのもおかしくない。しかし、今後の中国の発展を考える上で法治国家への移行、庶民の法意識の浸透は必要不可欠であり、また今回取り上げる知的財産権問題も中国の将来を語る上で、環境破壊、地域格差、人口問題等と同等な扱いで取り組まなければならない問題だと考える。また、日本にとってもこの問題は重要である。日本は、バブル崩壊以後の1990年代から、中国に合弁企業や工場を設立するなど、中国への進出を進めた。日本企業が、高度な技術力を中国企業へライセンス提供し、中国の安い労働力を利用し、安くて高品質な商品を作り出した。しかし、現在では日本の高度な技術が中国等の外国で流出している問題が注目されている。統計によれば、全世界の知的財産権被害額の年間総額は70兆円で、そのうち日本の被害額は9兆円にのぼる。日本が、世界第二位の経済力という地位を得たのは、長年培ってきた高度な技術力によって得たものと言っても過言ではない。この国家的財産を侵害されるということは、膨大な研究開発費、莫大な開発期間の蓄積をすべて無駄にしてしまうことに等しい。日本自身も、知的財産の重要性を認識し、侵害されないように対策を講じ、侵害している国、企業に対して強固な姿勢を示すべきである。
今回は、近年、日中間で経済摩擦の原因となっている知的財産権について、特に中国側の取り組みを中心に考察する。
第一章 政府による知的財産権に対する取り組み
1 行政による改革
温家宝総理は2005年3月28日の国家科学技術奨励大会で「強い科学技術の革新能力を持ち、独自の知的財産権を持ってこそ、中国の国際競争力を高め、尊敬される国際的地位と尊厳を享受することができる」と発言し、2005年6月30日には呉儀・副総理が司会する国家知識産権戦略制定業務グループ第一次会議が開催され、国家の知的財産権戦略の制定が開始された。呉副総理は会議の講話の中で「国家知的財産権戦略の制定は、現在の中国の改革開放と経済社会の発展における客観的な必要であり、知的財産権の国際規則の変革による挑戦に積極的に対応し、中国の国家利益と経済的安全を擁護する上での差し迫った任務で、公平な競争の市場環境の構築を速める上で役に立ち、中国の自主革新能力と核心的競争力の強化に役立つもの」と知的財産権問題の重要性を述べている。
特に重要な6点について以下のように述べている。
(1) 中国はすでに、知的財産権戦略に国のイノベーション戦略と同等の位置づけを与え、重視している。
(2) 国は知的財産権の保護に携わる指導機関を設け、知的財産権保護の活動について全国的な指導と統一計画、調整を強めている。
(3) 知的財産権保護に関する一連の法律法規を整えた。これは「専利法」「著作権法」「商標法」が含まれる。中国は、関連法規をさらに整え、法的処罰対象の最低ラインを引き下げる。
(4) 法執行を強化し。行政による保護を並行し、相互に補い合う。中国は全国に50ヵ所の苦情ステーションを設け、知的財産権侵害の取締り活動を繰り返し展開することで、権利侵害や海賊版の取締りを強めている。
(5) 全国民を対象とする知的財産権保護教育を展開し、社会全体の知的財産権への保護意識を強め、消費者や企業、その他さまざまな組織に知的財産権の保護を自覚させる。
(6) 国際協力に積極的に参加し、欧州と知的財産権問題をめぐる対話を行う。
このように、中国政府が知的財産権問題に対して積極的に改善努力していることを外国メディアにアピールした。この姿勢は評価できるものの、実際のところ先進諸国の中国政府に対する対応の不満はすでに限界に達しているというのは否めない。
知的財産権保護の強化は、中国がこれからも発展し続けるためにとても重要なことで、外国との知的財産に関する紛争を減少させるためにも役に立つ。政府もその重要性は十分認識している。知的財産は、産業の発達に寄与しており、特定の情報、特定の技術が商品化したものである。この知的財産の品揃えが増えれば、その国の産業の発展の可能性が広がるということである。知的財産権制度の本質は、模倣と盗用を戒め、模倣、偽り、盗用に反対することである。
知的財産権は商品経済、市場経済が形成された近代に生まれたものである。著作権は印刷技術に伴い生まれ、後に開発された録音、録画、放送技術等の保護は時代とともに発展してきている。つまり、経済や技術の発展につれて、知的財産権の保護される内容や範囲は変わってくるということである。今日に至っても知的財産権が完成したとは言いにくい。だから、完璧にすべてを保護するというのはなかなか難しい。しかし、中国政府は全力をあげて知的財産保護の強化を行い、模倣、盗用行為等を減少させる努力が望まれる。
2 立法の面から見た改革
中国は、司法で知的財産権問題を解決するというよりかは、行政主導の面が強い。それは、法治国家ではなく人治国家という伝統がいまだに強いからであり、また、庶民の法律に対する意識が低いという問題がある。司法制度の面から見て、知的財産権に関しての法律はまだ整備段階であるが、健全な経済発展を維持するためにも、問題を先送りせず、一刻も早く法整備を進める必要がある。
中国では、知的財産権犯罪を含めてすべての犯罪は、法律で明確に定義されなければならず、商標侵害、著作権侵害、特許侵害、取引上の守秘義務違反は、すべて刑法に犯罪として記載されている。注目すべき点は、知的財産の侵害は、解釈や理解が難しいので、それが「重大」である場合に犯罪になり得るだけであるということである。この司法解釈では不十分だという批判が出たので、2004年12月、最高裁判所および最高人民検察院は、「知的財産侵害刑事事件の取扱いに適用可能な法律に関するいくつかの問題点についての解釈」(以下、解釈)を発表した。この「解釈」は本質的に起訴基準を引き下げたので、知的財産侵害に対する刑事訴訟の起訴が容易になった。(解釈)は17条から成り、知的財産権の侵害に係わる7種類の犯罪から生じる問題の詳細な法律適用のための解釈や説明を提供しており、それらは、登録商標偽造罪、偽造登録商標付き商品販売罪、登録商標表示物不法製造販売罪、特許侵害罪、著作権侵害罪、模倣品販売罪、企業秘密侵害罪の7つである。
「解釈」では、今までにはない新規定が含まれている。商標が登録されている同一商品に登録商標と同一商標を正当な承認なしで使用することは、違法取引額が5万元を超える場合は、刑法に規定されている「重大な状況」の部類に入ると規定され、販売額が5万元を超える偽造品をそれと知りながら販売することは、「比較的大きな額」の部類に入るとも規定されている。
また「共謀」について新規定が導入された。知的財産犯罪に関連して、それと知りながら、ローン、資金、銀行口座、生産および営業設備を提供した場合や、生産、保管、輸出または輸入の援助を提供した場合は、誰でも共犯者として罰せられる。
「解釈」で言及されている「不法取引の額」は、侵害者によって製造、保管、輸送、販売された偽造品の価値を意味する。「販売された」偽造品の価値は、実際の小売価格に従って計算される。製造、保管、輸送されたが「販売されなかった」侵害品の価値は、その品物の定価、または、調査によって決定することができる場合は実売価格に従って計算される。侵害品に定価がない場合や調査によっても実売価格が決定できない場合には、それと同様の品物の平均市場価格が使用される。
したがって、登録商標に対する独占権の刑事司法保護を改善する点で「解釈」の肯定的な側面は、次のように要約できる。「起訴や裁判の基準が、不法利得の額に関する新基準を追加することによって改善された結果、刑事調査、起訴および裁判が容易になるであろう。刑法は、たとえば、侵害者に援助を与えた者は誰でも共犯者として罰せられるという規定によって、商標犯罪に対する抑止力として改善された。」
結論として、「解釈」では登録商標の刑事司法保護が強化されていることは明らかであり、中国における司法レベルでの商標の刑事保護に重大な影響が与えられるばかりでなく、行政執行にも大きな影響がある。さらに、司法解釈では、裁判所や検察院による裁判や起訴から生じる法律や命令を詳細に適用する問題に取り組まれているが、最高人民裁判所や最高人民検察院は、立法権のある機関でもなければ、組織設立中央委員会に与えられている権限もない。最高人民裁判所や最高人民検察院によって共同で公表された「解釈」によって、中国の現行法の枠組下では、知的財産権の司法・行政保護の構造が変えられ、中国における知的財産権の司法・行政保護システムに重大な影響が及ぼされるのは確かである。 「解釈」の機能は、裁判所や検察院による裁判や起訴から生じる法律や命令を詳細に適用する問題を解決する効用をはるかに超えるであろう。この影響や効用は、時が経ち実行が伴うにつれて、次第に明らかになってくるであろう。「解釈」の完全な実施によって、中国における商標保護に新たな段階がもたらされることを確信するのは極めて当然のことである。
3 海賊版の取り締まり
海賊版CDなどは、消費者の立場をとってみれば、正規版の半額以下で購入できるということで、正規版より流通しているのが現状だ。しかし、健全な発展を進めたい中国政府は、海賊版を徹底的に撲滅することを掲げている。そのため、取り締まりも年々強化されてきた。取り締まりの効果もあり、都市部ではある程度取り締まりは強化されて以前に比べ海賊版CDは少なくなったが、その一方で、地方では「地方保護主義」が目立ち、依然として海賊版が氾濫している。海賊版は、安くて性能も良いので、経済的に余裕のない庶民にとってはありがたい存在だ。海賊版が賛成か反対かをインターネット上で投票した結果、4305人中、賛成が3685人、反対が620人(中国のインターネットサイト、捜狐調べ)という結果が出た。この結果から、庶民は海賊版を支持していることがわかる。海賊版賛成の意見としては「収入が低いので正規版を買えない」、「内容が同じだから海賊版でよい」、「海賊版は違法だが、経済が遅れている地域の経済発展のために必要、」、「給料が上がらないのに物価が上がり続けている現在、安い海賊版しか買えない」などがある。中には「海賊版があったから、中国のIT産業が発達し、ITスキルを持つ人材が増えた」という考えもある。一方、海賊版反対意見としては「正規版を支持して、海賊版を排斥していかないと、永遠に中国は外国に馬鹿にされ続ける」、「長期的に海賊版を使い続けると、創造性がなくなり、中国の文化、技術が衰退してしまう」などである。この調査は現在の中国の庶民の心情を表している。経済的に余裕がある人は、海賊版問題について真剣に考えているが、経済的に苦しい人は海賊版の安さだけが魅力であり、モラルは存在しない。
ある中国の有名大学の法学部教授が学生に「海賊版が中国の発展に有利であり、海賊版を撲滅することは、外国製品を保護することになる」と教えているそうである。しかもこの考えはこの教授一人ではなく、同じ考えを持つ教育者が多数いるというのである。この考え方は、消費者の立場から見た考えで、庶民も海賊版を買うほうが得と思錯覚してしまう。実際に経済学では「同一の商品があれば、消費者は安い方を選択する、それは、消費者の利益になるからだ」と定義している。しかし、この理論が正規版と海賊版にも当てはまるかという問題である。私は、海賊版は、中国の経済成長を妨げると考える。なぜならば、海賊版の収入は非合法なので国家に税収をもたらすことはない。権利侵害者が海賊版で利益を得ても、公共の利益になることはない。海賊版の販売で、正規版による税収が少なくなり、社会主義の掲げる富の再分配がなされず、権利侵害者にのみ富が行き渡り、模造品成金なるものが出現し、さらに貧富の格差が進む。ケ小平が推奨した「先富論」や、私有財産の容認が、皮肉にも拝金主義を生み、手段を選ばない違法な商品の流通で、不健全な富の配分が進んだ。また、海賊版をそのまま放任すると、中国の「文化創造を繁栄する」というスローガンは永久に達成されず、中国の録音、録画、映画等の産業に打撃を与え、創造者が活躍しにくい国になってしまい、多くの優秀な人材が、国外に流出してしまう。このような悪循環は、長期的に見れば、中国の経済発展を停滞させてしまう。
統計によると、2005年に押収された海賊版音響、映像製品は1.36億枚にのぼる。その数には驚かされるが、中国国内にどのくらいの海賊版が出回っているかは、実際のところ中国政府も予測不可能な状態だ。このような事態に、政府は「有名歌手100人を集めた海賊版反対コンサート」を開いて消費者が海賊版を買わないよう喚起したり、「中国音響映像製品版権保護フォーラム」などの活動を実施し、その会議で「中国音響映像製品海賊版反対宣言」を採択した。政府がメディア、有名人などを使って国民に啓発を促すことは、非常に有効である。しかし、こうした政府主導の活動とは矛盾して、政府機関や、国有企業の多くが、海賊版のソフトウェアを使っているという現状がある。この問題に対して政府は、パソコンのソフトウェアは正規版を使うようにと関係機関に支持を出しているが、効果のほうは薄い。また、地方保護主義により、一部の模倣品の製造と販売には、地方の公務員が癒着している。こうした矛盾をみたら、中国政府が本当に力を入れて対策をしているかは疑問に思えてくるし、国民への手本にもならない。国民に啓発する前に、政府機関、国有企業などが海賊版、模造品は絶対使わないという強い意志を見せないと、国民の支持をえられないだろう。
しかし、こうした矛盾を抱えながらも、中国政府は海賊版ソフトを取り締まらなければならない理由がある。それは外国からの圧力である。2006年11月には、アメリカが中国の海賊版、模倣品などをめぐる知的財産権問題で、WTOに提訴する意向を示した。これに呼応した形で、日本、EU諸国も提訴を検討していたが、最終的には中国が「協議の場」を提案し、アメリカ側がこれに応じ、提訴は取り下げられた。このように、WTO加盟から約5年経った現在でも、知的財産権問題で、諸外国とギリギリの攻防が繰り広げられているというのが現状だ。知的財産権問題はWTO加盟前からの重大な課題の一つだったが、加盟後の5年という期間でも、まだ問題が解決できていない中国政府側の焦りも見られる。現在でも、アメリカ、EU、日本などの通商担当の閣僚が相次いで訪中し、中国政府の対策の不備を指摘し、改善をもとめている。
WTO提訴をアメリカが検討した時期と同じ2006年11月には、広西チワン族自治区で、2001年から2005年までに3000万枚を超える海賊版を中国に向けて密輸して売りさばいていた容疑者を、著作権侵害よりも刑罰が重い密輸の罪で無期懲役を言い渡した。知的財産権関係の裁判で、無期懲役になることは異例である。中国政府としては、今回の判決を通じて知的財産権の問題に厳しく対処している姿勢を内外に示すねらいがあるものとみられ、中国国営の新華社通信も今回の裁判の内容を詳しく伝えた。このように国外に政策のアピールをするのみでなく、国内へもメディアを通して国民に啓発することは、犯罪を抑制するために効果があるだろうし、国民の法意識向上につながるだろう。
中国は、改革開放以来、ずっと経済優先で政策を進めてきた。その過程で、数々の問題が露呈してきた。環境問題、人口問題、格差問題、不良債権などが主だが、経済優先で突き進み続けると、必ずある時期に歪みが生じる。それはどの先進諸国を見ても同じである。しかし、中国の場合の改革は世界に例を見ない改革なのだ。つまり、社会主義体制を維持しながら、資本主義の良い制度を取り入れようとする「社会主義市場経済」なのである。これは、前例のない改革で、現在の中国には他国のモデルは存在しない。したがって独自の政策路線で独自の改革を進めるしかないのだ。社会主義の政治体制を保ったまま、輸出入や海外からの巨額の投資によって、製造業を軸に毎年平均9%の高度経済成長を続けている国は、世界に例がない。改革、開放初期の市場原理導入に伴う経済特区設置や三資企業の整備、価格の自由化、所得格差の容認から、92年のケ小平の南巡講和での「先富論」「容資論」、さらに、江沢民時代の私有財産の容認、資本家の共産党入党可など、毛沢東時代には悪と見られていた資本主義の良い部分を取り入れていこうとする前向きな改革なのだ。こうした改革を成功させるためには、改革を早めなければならない。しかし、改革を早めれば早めるほど資本主義が侵食してしまう。そうなると、中国共産党が成立した背景の1つにある資本主義を倒して社会主義を確立するという目標を否定してしまう。社会主義の代表的な3つの特徴とは、1、計画経済、2、公有制、3、分配公平性、であるが、1の計画経済は「5カ年計画」など名目上は続いているが、次期「5カ年計画」からは「5ヵ年規画」と必要目標の意味合いを薄めた「規画」という名称に改める。計画経済の重要性も薄まりつつあり、実際は資本主義的な市場経済であり、2の公有制は「中華人民共和国民法(草案)」物権法に、国は個人の貯金を保護し、個人の投資および投資による収益を保護すると規定していることからわかるように、国家が私有財産を容認しているので完全に崩壊しているし、3の分配公平性はケ小平の「先富論」などの格差の容認により完全に崩壊している。このように、急速な改革がもたらした歪みで、政治体制を維持していくだけでも大変な状態だ。それに加えて、引き続き、経済発展を続けなければいけない。現在の中国は、政治は社会主義で経済は資本主義という二つの矛盾した主義が混合し、急速な改革が政治と経済両方に重大な圧力をかけている。だから、1つ1つの細かい問題に対して徹底的な対策がとれず、知的財産権問題も、政府は重要視しているように見せているが、実際は他の問題(環境、人口、格差など)で手一杯のようである。このまま経済優先で走り続けることは、国を大きくするために必要不可欠なのだが、急速な改革が諸刃の剣になりかねない。
経済過熱を抑制したい中国政府だが、政府の予測で経済成長が5%以下になると雇用が創出できず、社会不安が起きると予測している。だから、毎年10%近い経済成長率が必要なのだ。しかし、このまま経済過熱状態を続けたら、今までの改革が水の泡となりかねない。今まで思い切った改革をしてきたのだから、今後は経済発展を抑制し経済調整期をとって、まずは諸問題の解決に努力していく姿勢も必要だろう。
第二章 中国企業における知的財産に関する取り組み
1 中国企業の知的財産に対する意識
中国企業の現状として、企業の研究開発費には莫大な資金をつぎ込む一方、その研究開発した商品の権利を守る知的財産権部門には資金を出し渋るという傾向がある。経済協力開発機構(OECD)は、2006年の中国の研究開発費は約1360億ドル(約15兆7000億円)に達し、 約1300億ドルの日本を初めて上回るとの見通しを発表した。 これは、米国の約3300億ドルに次ぐ世界第2位になる。また、2004年には、中国の研究者数が92万6000人となり、米国の130万人に次ぐ世界第2位となった。この数字が示すように、中国企業は研究開発を積極的に推し進める傾向がある。企業間の競争で、差別化を図るためにもっとも重要なのは技術革新で、新しい技術を取り込んだ製品を開発することが企業の発展に大きく貢献する。この点では、どこの国の考えも一緒である。中国の企業でも研究開発を重視していることが、最近の傾向でわかるが、一方では中国企業の知的財産権に対する意識の低さ、対策の遅れが目立っている。さらに、一部の企業は商品を偽造することに依存している。
国家知的所有権局が統計を採った、2005年末までに知的所有権及び特許権を有する企業は、わずか中国企業総数の0・03%であり、99%以上の企業は特許権がない、 また60%の企業は自社ブランドを有しないという。では、企業側が知的財産権をどのように見ているかというと、傾向として現れるのは、企業側は特許権を重視し、商標権を重視していないということである。企業側の考えは、理論的に、商標はただ標示機能を表すのみで、利益がでないと考えるのである。2005年秋に開催された中国輸出商品交易会で行った統計によると、50%の中国企業は自社商品を輸出するとき他社の商標を使い、 29%の企業は自社の商標を持っていない、自社商標のある企業は21%にすぎない、という結果が、商標に対する認識の低さを表している。商標というものは、著名ブランドにのみ必要で、第一次製品(例えば食料等)の事業には基本的に不必要だと考える傾向がある。しかし、実際には、商標は間接的に利益に関わるということだ。先進国では、第一次製品も例外なく商標が付けられて市場に出る。自らの無形財産(商標も含む)は絶えずその価値を増していく。消費者からのクレーム、事故または天災等でその価値は一時的に失われる恐れはあるが、自らの商標価値は残っている。日本の松下電器産業を例に挙げれば、石油ファンヒーターの不具合で回収のために数千億の資金をつぎ込んで、一時的に信頼は失ったが、その対応の迅速さに、消費者は松下の信頼性を再認識し、松下の業績も大幅に上がった。これは、商標という存在が価値を有しているという証拠だ。このように、商業リスクが発生しても、その「松下」という商標を担保にして、柔軟な対応をしたことによって、結果として「松下」の信頼性が上がり、商標価値がさらに上がった。
また、たとえ企業が倒産しても、その商標価値は残る例が多い。例えば、1998年に広州カメラ社が倒産したときに、この会社の「珠江」ブランドの商標が39.5万元で売却され、2000年に倒産した上海景福針織社の「飛馬」ブランドが200万元で売却された。中国でも譲渡人と譲受人双方が共同で中国商標局に申請書類を提出すれば、商標の譲渡が可能だ。この例が示すように、企業の多年にわたる知的労働力投入で形成された商標の信用が、一時的な経営の誤りで、倒産後直ちに喪失することはないのである。
中国の経営者の商標意識を高めることが、中国経済の発展にとって非常に重要だ。現在の中国では、外資系企業が多く、自主開発するよりも、他社のブランドを模倣して販売しようという経営者が少なくない。これでは、永久に企業発展が望めないし、他社の権利侵害になる。また、中国国内での商標模倣や、ブランド品模倣のために、外国から中国国内に信用のおける企業はないとの誤解を与え、中国国内に有力企業が育ちにくくなり、国際競争力の低下につながる。このような弊害をなくすためにも、企業内で創造的な開発を推進し、他社に負けない競争力をつけることで、自ずと消費者に認識され、商標価値が高まる。これからの中国企業は、創造的企業への転機を迎えている。
中国では近年、特許取得数が大幅に増加している。2005年の中華人民共和国国家知的産権局の統計によると、専利(特許、実用新案、意匠)出願件数は約47万件、商標出願数は約83万件であった。専利出願数は5年連続で平均20%以上という成長を続け、商標出願件数は4年連続世界一である。この背景として、先にあげた国家連略や、グローバル化などが挙げられるが、企業側の視点から見たら、有形財産(土地、不動産、商品、工場等)の貯蓄からの脱皮を図らなければ永久に下請け化するということ恐れがあるのだろう。近年、世界の工場として発展してきた中国だが、工場のままでは永久に発展途上国から抜け出せない。また、無形財産(技術、資本、知的財産権等)の蓄積を重視している先進国との差はなかなかうまらない。中国国内では、無形財産は外資系企業が担っており、その無形資産を使って中国企業が有形資産を蓄積するという形だ。まさに、企業間の間にも資本家と労働者のような形が存在する。このような現状に中国企業側としては危機感を抱かないわけには行かない。ハイアール集団の経営者は、「同社は世界各国に工場(有形財産)を有しているが、同社が保有する知的財産権と比べれば、有形財産の価値は低い」と述べた。成功した経営者は「現在において、有形財産の蓄積は無形財産で促進される」ということを十分理解している。したがって、中国の企業が外資系企業に対抗するためには、自らの力で無形資産を蓄積しなければならない。そのためには、企業内で技術開発をし、特許を取得し、無形財産を蓄積しなければならない。そうした危機感が、近年の特許取得ブームの背景として考えられる。
2 中国企業の取り組み
中国を代表する企業は、知的財産制度を十分理解し、また活用して、国内市場、国際市場を開拓してきた。これらの先進的企業は社内でどのような知的財産権の管理を行っているのだろうか。中国で知的財産権問題に積極的に取り組んでいる華為技術有限公司を例に挙げてみた。
華為技術有限公司(中国大手IT機器メーカー)
華為技術有限公司(以下、華為)は、1988年に設立された中国を代表する民営企業である。現在、従業員数は4万人余り、その48%以上が研究開発に従事している。2005年の売り上高は86億ドルで、研究開発費は売上高の10%以上を占める。
華為は中国の企業の中では比較的早い時期から知的財産権の重要性に気付いた企業である。1995年には社内に知的財産部を設置した。華為が知的財産権の重要性に気付くきっかけとなったのは、以下の2つの紛争事件があったからである。
<離職社員による営業秘密侵害事件>
2001年7月、元従業員である3名が離職し、その元従業員3名が会社を設立して、華為と競合する製品を生産販売した。華為は元従業員3名が知的財産権侵害したとして上海市第一中級人民法院に民事訴訟を提起した。さらに、2004年5月8日、元従業員3名は営業秘密妨害で公訴された。最終的には、華為企業側の勝訴で決着がついた。訴訟に勝った理由としては、華為がこの元従業員3名に「雇用契約」、「秘密保持契約」、「離職許諾」などの契約をしていたことにある。
<CISCOとの特許侵害訴訟>
2003年1月23日、CISCOが華為及びそのアメリカ子会社がCISCOの知的財産権を侵害したとしてアメリカで提訴したが、2004年双方が和解した。その和解の理由は明らかにされていないが、華為の幹部の話によると、華為が有力な特許を持っていることが和解の理由の1つであった。実際に、華為が第三世代通信3GPSの基礎特許の5%を保有し、世界でのランキングで5位となっている。
上記2つの紛争事件をきっかけに、華為は知的財産を重視するようになった。華為の特許出願数は2000年より倍増のスピードで出願を申請している。2006年3月31日時点で、11000件の中国特許を、1765件のPCT及び外国出願をし、権利化された特許は1900件である。
知的財産権活動の面で、華為は組織と制度の強化や教育などに力を入れている。以下の6つの点を強調したい。
(1) 知的財産管理組織
1995年に、会社の知的財産を管理する知的財産部を設置した。現在100名以上のスタッフを有し、スタッフの多くが理工系の学位と法学の学位の両方を取得しているエリート集団で組織されている。知的財産部は特許、商標、秘密保持、科学技術情報、契約評議調査、対外合作、訴訟業務などのグループからなっている。また上記「離職社員による営業秘密侵害事件」を機に信息安全部を設置し、各研究所のデータを一括管理するようになった。信息安全部がデータを一括して管理するようになったため、他の部門の情報がほしい時は、本部の信息安全部を通して情報を入手しなければならなくなったため、仕事の効率に一定の影響を与えたが、営業機密の流出防止には効果的だった。現在、信息安全部への予算は年間5000万元にものぼる。また、主に技術開発部、総体技術弁公室、工程管理部、信息安全部からなる知的財産連絡会議を設置し、研究開発から生産販売までの各工程での知的財産管理の強調や情報交流を図っている。
(2) 知的財産管理規定
「華為知的財産権管理弁法」を規定し、知的成果物、特許、職務発明、技術秘密などの定義、知的財産管理組織、特許の出願と保護、商標の命名と登録、コンピューターソフトウェアの保護、非特許技術及び営業秘密の保護、知的財産権のライセンス、無形財産の評価、奨励、処罰制度など詳細規定を定めている。 また「華為公司科学研究成果奨励条例」、「先端技術、商業秘密に携わる人員、核心機密を管理する人員の管理規定」、「発明創造奨励方法」など様々な管理規定を制定しており、従業員を採用する時に「雇用契約書」と「秘密保持契約書」を結び、退職するときに離職後の秘密保持義務、離職後1年間の競業禁止などが書き込まれた「離職社員許諾書」を結ぶことにしている。
(3) 知的財産知識の普及
新入社員は入社後半月の教育を受けるが、その中で知的持参権に関する内容を教え込む。また、知的財産に関する情報を定期的に紹介し、社内に浸透させている。
(4) 特許の発掘
ISO9000によって、研究開発、生産、販売、アフターサービスなどの各工程を設定する際に、特許の発掘、秘密保持、他人の特許の有効利用及び侵害防止など知的財産管理の内容も必ず入れるようにしている。さらに、各生産部門、各開発グループに「Patent Interface」
と呼ばれる人を設け、特許になりそうなものがあったら、直ちに知的財産部に連絡し、各工程での特許の発掘を徹底的にしている。
(5)特許情報の積極的な利用
中国、アメリカ、ヨーロッパなどの特許庁の公報、PCT出願など、CD-ROMやインターネットで検索し、民間の特許情報サービスも積極的に利用している。
(6) 外部との交流
華為の知的財産担当者が民間団体主催の知的財産セミナーに積極的に参加している。また、専門家を社内に招いて講演会を開いたり、ほかの企業と情報の交換をしたりすることも頻繁に行っている。
華為の例を見てわかるように、中国企業の中で、知的財産権を重視している企業が世界との競争力を有しているという事実がある。上記した華為の取り組みは、知的財産権を重視している先進諸国の企業では決して珍しい取り組みではないが、中国企業の中では特異な存在だ。その他に、ハイアールや連想など企業管理を徹底している企業も出てきた。このような企業が1つでも多く出てくるように、国内の企業内改革を積極的に推し進めるべきである。
3 中国企業の悩み
企業側の問題として、改革開放後約27年経った現在でも、中国企業の中に世界的大企業が育たない上、世界的ブランドもないということだ。企業内改革を積極的に行ってきた中国を代表する連想やハイアールなどの大企業さえも、世界的に見ると知名度はまだまだ低い。このような状態に陥った原因の1つに、今まで知的財産権の保護を軽視したという現実がある。現在でも、最先端技術の特許権はすべて先進国に握られており、中国の企業は製品を開発するにも、外資企業に支払うパテント料に莫大な資金が必要になり、結果として赤字になる企業が多い。
中国のDVD産業を例に挙げてみよう。2004年に中国本土において最低でも8700万台のDVDプレーヤーが製造された。本土においてDVDプレーヤーだけでも400社を超えるサプライヤが存在しており、世界で出荷されているDVDプレーヤーの10台中8台が中国本土で製造されたものとなっているほど、中国のDVD産業は巨大化してきている。出荷台数や販売総額だけを見ると中国の勢いはすさまじいものである。しかし、実際に中国企業側に利益が出ているかというとそういうわけではない。そこには、外資系企業によるパテント料という無形財産による目に見えない権利が存在する。非公式統計によると、中国がDVD装置を1台生産するごとに支払う特許使用料は 今やすでに20米ドルを超えており、毎年の特許使用料支払額は20億米ドルに近いといわれる。さらに、過去に生産されたDVD装置についても過去にさかのぼって特許使用料を支払わなければならない。中国企業はDVD装置を作れば作るほど赤字になるという悪循環に陥り、外資系企業は何もしないでパテント料だけで利益を上げられるという構造になってしまった。2005年1?5月の上海港から輸出されたDVD装置278万3000台のうち、256万3000台が中国にある外資メーカーにより生産された。国内メーカーの生産品は、わずか19万3000台にすぎない。また、輸出の97%が加工貿易によるもので、大手輸出メーカーのブランドはDVD装置を製造しても利益が上がらないということで撤退する場合が多い。
この現象は、カラーテレビ、冷蔵庫、デジタルカメラ、パソコン、自動車など中国が生産を伸ばしている製品にも同じことが言える。これは、今までに知的財産権を軽視して模造品を大量に生産してきたつけが現在に回ってきたという現象で、当然の帰結である。しかし、中国側もこの状況に黙っているわけではない。中国側は今後の対策として、DVDに変わる中国独自の規格「EVD」の開発を進めて、2008年までにDVD生産を終了させて、2008年からEVD装置の普及を進める。このEVD装置はハイアールやTCLなど中国大手家電メーカーが開発を進めているDVDに変わる装置で、中国独自の規格で販売するため、外資企業による特許攻撃を回避できるだけでなく、海賊版ソフトの流通防止のため「EVDストリーミングステーション」を設置し、インターネット上で、海賊盤DVDと同じ5〜8元の価格で高鮮度コピーサービスを実施し、海賊版の駆逐をはかる。
第二章 中国で頻発する日本企業への知的財産権侵害についての現状と対策
1 日本の被害業況
日本の知的財産に関する損害は年間9兆円に及ぶ。また、中小企業白書によれば中国に進出する4割の企業が知的財産権被害に悩む。ジェトロが毎年行っている中国模倣被害実態アンケートによると日本の中国進出企業201社へのアンケートで、中国政府の模倣品取締り地域で評価できる地域が、北京、上海、香港が多く、不満な地域としては、製造業の多い広東、折杭省、福建省がえらばれた。特徴としては、政府のお膝元の北京や、経済の中心、香港、上海は、国際的都市なので、中国独特の面子も働いていて効果は出でいるようだ。しかし、製造業が多い地域では、日中合弁の工場が多く、技術流出などのトラブルも多く、対策も不完全なようだ。
2 訴訟の実例
日本で国民的人気漫画「クレヨンしんちゃん」が、中国の企業数社に勝手に商標登録されて、この企業数社が中国国内で「クレヨンしんちゃん」のキャラクターグッズを販売していた。版元の双葉社が中国で裁判を起こしたが北京市第一中級人民報院は、双葉社の訴えを退けた。中国では先願主義原則にしたがって、先に登録した企業の権利が保護される仕組みとなっている。94年に双葉社は「クレヨンしんちゃん」のシャツ、玩具、文房具にキャラクター商品として 日本で商標を登録したが、中国には申請しなかった。 この過ちが後に訴訟に発展して、結局敗訴となってしまった。この双葉社の例を見て、日本企業は学ぶべきことがたくさんある。法の隙をついて模造品を製造する中国企業が後を絶たないので、日本企業は、日本国内のみならず、中国でも特許を取得する必要がある。「クレヨンしんちゃん」の訴訟の例は、中国側の法整備が整っていないことを批判的にみなければならない一方、双葉社が知的財産権保護に関心が薄いかったことも批判的にみなければならない。中国で売られている「クレヨンしんちゃん」のぬいぐるみも下敷きも、Tシャツも、どれもみんな“正当なものとして売られてしまった背景には、知的財産権問題が存在しているのだ。
3 対策
今まで、日本企業の中では、中国が知的財産権を侵害するという行為に、静観するしかなく、泣き寝入りしている状態だった。それは、中国国内の法制度が不備であり、訴訟に持ち込んだとしても、国際的に定められている準拠法の適用により、裁判は中国側の法律で行われ、賠償額の低さと為替の影響で裁判費用に見合った賠償額が支払われない上に、ほとんどが民事訴訟で終わるからである。しかし、このままでは、永久に問題は解決しない。日本は高度な技術があったから、今の繁栄があるのだ。莫大な費用と年月をかけて培ってきた技術を、そうやすやすと盗用されることは、日本の未来にとっても好ましくない。
現在の日本政府は、中国政府との関係をよくするために、経済協力などを掲げている。それは、両国がお互いに利益を享受し、東アジアの国際的地位向上を目指すうえでとても大切なことだが、ただ闇雲に中国側に技術を提供することは疑問である。中国政府が知的財産侵害問題を解決する姿勢をさらに見せることを期待し、日本政府からも知的財産侵害に対してもっと厳重に抗議するべきである。日本政府が掲げる「主張する外交」を、知的財産侵害問題で発揮してもらいたい。
中国に対して「主張する外交」を実行している良い例は、アメリカである。2006年10月に、アメリカは、知的財産権侵害をめぐり中国をWTOに訴訟する構えを見せた。それに伴い、日本、EU諸国が賛同する形で訴訟をする検討をした。このアメリカの措置に対して中国は「技術的な協議」を提案。これをアメリカが受け入れる形で訴訟は見送られたが、中国にとっては大きな問題だ。アメリカを敵に回すことで全世界を敵に回すことになる。今回は何とか訴訟を回避できたが、アメリカ側は、今回の中国の対応で問題が解決されなければ再び提訴に出るという構えをみせている。このように、国際社会の中では、主張をしていかなければ生きていけない。日本もこの点でアメリカを見習うべきであり、アメリカが提訴するから日本も提訴する、という形ではなく、日本独自でも、積極的に主張し、改善を要求していくことが重要である。
中国の特許庁に相当する中国国家知識産権局がまとめた年次報告書によると、2005年の中国での発明特許や実用新案などの特許出願件数は、日本がトップとなった。日本は世界トップの特許出願大国なのだが、日本企業が中国を生産拠点の位置づけから、市場や研究開発拠点へとシフトする中で、知財戦略を強化する実態が浮き彫りになった形である。中国国内での外国企業特許出願件数トップ10には、ソニー(4位、1652件)、東芝(7位、1177件)、セイコーエプソン(8位、1119件)、キヤノン(940件)の5社がトップ10入りをした。
このように、日本企業が中国で特許を取得することが知的財産権戦略の上でちょっとしたブームになっているかのように思われる。中国国内で日本企業が特許を取得することで、中国企業からのパテント料も契約に基づき定期的に支払われ、模造品を製造される行為を未然に防ぐ効果もあり、もし権利を侵害されたとしても優位な立場で裁判を進められるようになり、知的財産権保護を考えることは中国に進出する日本企業にとって非常に重要なウェ―トを占めるといえるだろう。逆に言えば、知的財産権侵害対策に力を入れず、中国の現状を知らないままただ利益だけを求めて闇雲に進出した企業の多くは、中国で苦戦を強いられ、場合によっては撤退を余儀なくされるだろう。
日本国内だけでなく、中国でも特許を取得するのは、日本の知的財産戦略にとって重要だと上述したが、ただ闇雲に特許を取得するだけでは、知的財産権侵害を完全に防げない。シャープの液晶工場のように製造装置や生産手法など工場自体を非公開とし「ブラックボックス化」し、重要な情報が完全に流出しないように工夫することが中国では有効だろう。特に、中国に集中している日本企業の製造業は、技術流出防止に力を入れる必要がある。中国の法律に詳しい専門家にアドバイスをしてもらったり、社員の知的財産権に関する教育を徹底させたりすることで、未然に問題を阻止できるだろう。
また、2006年10月8日に、日本の安部総理大臣と、中国の胡錦涛国家主席との会談の中で、環境・エネルギー問題で共通の戦略的利益を共有する「戦略的互恵関係の構築」で合意した。中国は今、原油などのエネルギー価格の高騰や、環境破壊に悩まされ、消費型社会から省エネ型社会への転換が急がれている。中国の環境、エネルギー問題で日本が技術を提供するということは、全世界で関心が高い環境問題を改善する意味では良いことである。しかし、この問題も知的財産権が絡んでくるということを注意しなければならない。日本企業が長年積み上げてきた省エネ技術や環境汚染対策技術を協力という名のもとで提供するのは安易すぎる。外交とは、あくまでも利害関係が存在する。日本政府は環境、省エネ技術の提供を条件として、中国の知的財産権侵害問題を改善させることを約束させるぐらいに強固の姿勢に出てもいいはずである。安部総理大臣が掲げる「主張する外交」が、この問題でも発揮されることが望まれる。このように日本側からも中国側に改善を促していく努力が必要である。
第4章 中国政府、企業の今後への課題
1 司法制度の確立
中国では知的財産権問題を取り扱う弁理士の数が不足している。中国には約600ヶ所の特許事務所があり、そのうち渉外事務所は115ヶ所である。特許弁理士は約4000名で渉外特許弁理士は約1000名である。1000名の渉外特許弁理士が10万件の渉外特許申請を消化しようとする場合、1人あたり約100件になる。このような状況の中、中国弁理士が作成する書類の質に問題がある。中国の弁理士には誤った認識を持つ物もいる。すなわち「出願書類をたくさん処理して収入を増やそう」という考え方である。そのため、特許出願の質が低下し、誤訳も見られ、特許出願の範囲の一部が脱落したケースもあった。業務の質の保証は出願者の期待であり、弁理士の命の綱である。いい加減に作成した明細書と特許請求の範囲は権利行使につながらず、特許出願の本来の意義をなくすことになり、外国の企業が望んでいるところではない。この問題を解決するため政府が主導になり、弁理士の育成、弁理士の人数の拡大、外国人弁理士との交流などを行い、優秀な弁理士をたくさん動員できるようにし、法治国家への移行をスムーズに進めるべきである。
また、刑罰の面では、中国の場合は押収品が75万円未満なら刑事訴訟の対象外になるという、基準が極めて低いということが特徴である。しかも刑事訴訟まで発展するケースがまれであり、ほとんどが民事訴訟になる。(WTOの知的財産権保護協定では、偽物の製造・販売業者が摘発された場合、刑事罰を科すよう加盟国に義務づけている)
第1章第2項で説明した2004年12月に発表された「解釈」で、裁判所および検察院が中国の法律および命令の詳細な適用から生じる問題を扱うのを指導するのに重要な役割を果たすばかりでなく、公安機関が知的財産犯罪に係わる事件を刑事調査するのにも、行政当局が知的財産権を執行するのにも大きな影響を与えることになる。「解釈」の行政執行に及ぼす影響は次の通り要約できる。
(1)「解釈」では、登録商標侵害犯罪に対する有罪判決基準が大きく引き下げられた結果、従来は犯罪とならなかった多くの行政的侵害が現在では犯罪行為となっている。
(2)「解釈」では登録商標の刑事保護の範囲が拡張され、行政保護の範囲は縮小される。その結果、従来は行政処罰の対象であった多くの行為が今や刑事処罰の対象となる。
(3)『解釈』により刑事保護や行政保護の範囲のみならず登録商標を侵害する犯罪行為と非犯罪行為の境界も調整されるという事実により、故意にではなく、侵害に係わる事件を取り扱う司法機関の権限の範囲が拡張され、行政執行当局の権限の範囲が縮小される。その結果、従来なら行政執行当局の管轄下にあったと思われる多くの事件が、現在では司法機関に移される。
このように、「解釈」の発表により行政と司法の強化が進み、刑事訴訟になる対象の範囲を広げて、法的措置の権限を行政から司法に移していくことは、法治国家を目指す中国にとって重要なことである。また、2004年3月には、最高検察院と公安部などの関係各部門が「行政執行機関と公安機関、人民検察院における協力関係強化に関する意見」を公布し、行政機関と警察機関がお互いに協力し合って円滑に知的財産権取り締まり活動を行えるような体制を整えた。このことにより、検挙された容疑者は速やかに司法機関に送検され、合理的に審理が進められるようになった。また、民事訴訟でも知的財産権被害者は経済的補償を請求することが可能となった。
今後は行政機関、司法機関、公安部のスムーズな連携、協力関係の発展が、知的財産問題解決に向けての大きなポイントとなるだろう。
2 国際社会との協調
中国の知的財産権保護レベルについて「高すぎる」と不平をこぼす中国人経営者の中には「現在の中国の経済レベルはアメリカの1940年代、日本の1970年代だ。その当時、彼らの知的財産保護レベルは我々より低かった」と言う。また、「対比して考える対象が先進国というのがそもそも間違っている。同じ経済レベルの発展途上諸国との対比で考えれば、我々の知的財産権保護レベルは高い」という意見もある。このように様々な意見があるが、このような意見は、経済のグローバル化をめざす中国にとって弊害になる。なぜなら、自国の小さな範囲内に限って商売をするなら、規制を緩くするのが合理的かもしれない。しかし、国際競争という大きな環境の中では、規制を守らなければ自然淘汰されてしまうからだ。知的財産保護レベルを高くすることが、国際社会の中で結果を出すための第一歩だといっても過言ではない。
中国の経済発展を促した要因として、貿易、外国からの直接投資、外貨準備高の要因は無視できない。経済成長率、GDPなどをみたら中国はすごいと思うが、実際に中国の経済を引っ張っているのは外資系企業である。外資系企業を優遇しすぎて国内企業が淘汰される問題があるが、とにかく外資系企業がなければ今の経済発展はないと言っても良いだろう。今後もこの方針を続けていく以上、国際社会との協調をさらに推し進めるべきだろう。そして、外資系企業という外圧をうまく利用して、国内産業の発展、各種の改革を進めていくべきであろう。
おわりに
中国は2001年12月11日にWTOに加盟を果たした。加盟当初の5年間は保護期間として認められているので、中国に対する強烈な圧力は避けられてきた。保護期間は、各種の制度を整えるためのいわゆる猶予期間だった。しかし、2006年12月11日で保護期間は終了する。今後は中国に対する各国の圧力が強くなるだろうと予想される。中国のWTO加盟で評価できる点としては、WTOとの約束事項遵守、貿易、投資の拡大、外資企業の成長など挙げられるが、問題点も山積みだ。規制緩和、市場開放は不透明、中国企業の国際的競争力の不十分、そして、外国から批判され続けている最大の懸念材料が知的財産権の保護だ。世界経済における中国の地位が正当に評価されるため、また国際的信頼性を獲得するために、知的財産権保護に対するよりいっそうの取り組みが望まれる。
今後の東アジア発展には、日本と中国が協力し合うことは必要不可欠である。中国政府は、知的財産権保護制度を整えて日本企業が進出しやすい環境を提供し、日本企業は中国企業に技術を提供し、市場に高品質で安価な商品を供給し、日中双方が利益を享受できるようなパートナーシップを組むべきであろう。日本の経済力は世界第二位、一方中国は世界第四位である。2つの巨大な大国が隣同士だったら当然摩擦も起きる。現在の状況は、この日中2つの巨大な大国が、主導権争いに躍起になっているように見える。それに伴い国民の感情も変化してきた。日本人は知的財産権侵害、人権問題などを挙げて中国を凶弾し、中国人は過去の歴史、靖国問題などを挙げて日本を凶弾したりしている。しかし、ただ凶弾しているだけでは憎しみが増すばかりであり、お互いの利益にはならない。今後は憎しみ合うよりも、お互いの問題点を指摘しあって改善を促し、今後の東アジアの発展を共に推し進めていかなければならない。
中国は今や世界第4位の経済力を持つ。経済大国と成りつつある中国の知的財産権保護制度の発展が中国の経済の更なる発展、中国と諸外国との経済貿易関係を推進するうえでさらに大きな役割を果たすものと期待され、世界経済にも大きな役割を果たすことになるだろう。
参考文献
「中国知的財産権制度の発展と実務」 劉 新宇監修 (経済産業調査会)
「中国の知的財産権裁判と重要判決」 周 林編 (経済産業調査会)
「中国知的財産権ハンドブック」 張 輝・ 韓 登営編著 (東京布井出版)
「中国特許制度の解説」 佐藤 文男著 (発明協会)
「改正中国特許法」 小谷 悦司・ 今道 幸夫著(経済産業調査会)
「知的財産権キーワード事典」 牧野 和夫著 (プロスパー企画)
「知財戦争」 三宅 伸吾 (新潮社)
「特許庁ホームページ」 http://www.jpo.go.jp/indexj.htm
「ジェトロ北京知的財産権部」 http://www.jetro-pkip.org/index.htm
「捜狐」 http://comment2.news.sohu.com/viewdebate.action?id=11160886
「中国知財権網」http://www.cnipr.com/yjdt/default.htm
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